3 / 7

第3話 記憶2

 イセイの思うことは、至極真っ当な事だろう。オメガというバースだけでなく、イセイ自身を大切だというのであれば、彼はなぜここを追い出されなくてはならなかったのだろうか。  彼が迎えた初めてのヒート、初めて人前で発情してしまった日。それは同時に、彼が初めて好きな人に痴態を晒してしまった日でもある。王族は子を成すために子作りの指南を受けるものだが、イセイはそれもまだの状態だった。  そこへ突然の発情を迎え、オメガとして生きていく心得を持たないままに、オメガの欲の波に飲み込まれてしまった。当然、抗う術を持たず、早々に意識は本能に奪われてしまった。  ただそこにいるアルファを汚してはならないという思いだけに突き動かされ、自室で自らを慰めた。彼はその時、想い人にその姿を見られてしまっている。 「娼館にいたんだから当然身を売ってると思われるだろう。どこかの誰かに慰められていたオメガなんて、誰も番になんてなりたくないよ。だってさ、よく考えて。王族と婚姻を結ぼうとする人が、稀にとは言え、垣の外にいる客が来ることもあるような娼館にいたオメガを望むと思う? それも……もともとはアルファだった、中途半端なオメガなんだよ? 生まれつきのオメガのような儚さが僕には無い。この国のアルファやベータが夢見るような、オメガの崇高さが無いんだ。体格だってがっしりしてるし、その上力持ちだ。そんなオメガなんて、欲しがる人なんかいないよ。僕には運命も存在しないんだ。いたとしても相手はオメガだろうから、結ばれる事も出来ない」  イセイは何度も、自分に自信があればこんな事は気にならないのだろうと嘆いた。  生まれた時からオメガであって、愛されるために身も心も磨き抜き、長い時間をかけて彼自身がこのバースを受け入れられていたなら、もっと何かが違ったのかもしれない。  でも、そうでは無かった。アルファとして気高く品よく強くと望まれて育てられた彼が、突然変異でオメガになり、劣情まみれで自制の効かないみっともない生き物に成り下がってしまったと、そう思うようになってしまった。 「愛する人がいるのに、好きでもない人を番にしないといけなくて、しかも選ばれる保証がない。そんな人生しか無いなんて、悲しいに決まってるよ」 ——「イセイ、どうしたんだ? 私に出来ることならば言ってくれ。何でも力になるよ」  イセイは、いつもそうやって問いかけてくれる、優しい眼差しを持つイファが好きだった。  彼の双子の弟たちの父であるイファ。いつも穏やかに微笑んで、その大きな手で彼の頭を撫でると、イセイは嬉しそうに目を細めるのだった。  しかし、彼の最後のイファの記憶は、その顔が困惑と拒否で歪んでいくところだった。彼はその日のことを一生忘れる事は出来ないだろう。  暗く沈んだ心をそのままに、イセイは何とは無しに遠くへと目を向ける。そこには、先ほどまでと変わらず、若い葉が風に揺れていた。 「——あの日も風が強かったな……」  その景色の向こう側に、自分がオメガになってしまった日の思い出が浮かび上がっていた。

ともだちにシェアしよう!