6 / 7

第6話 運命を作る

「何を……言うのですか」  イセイの心の中に嵐が巻き起ころうとしていた。現王を継ぐ者は後嗣と呼ばれる。そして、現在の後嗣には、イセイの二つ上の兄であるサイリューが既に選ばれていた。  それは国による正式な決定であって、たとえ母王の意思であっても、それを反故にすることは出来ない。いくら王制の国とはいえ、母王一人に狼藉を働かせないための機構は、それなりにある。ジュオだけの意思とあらば、即座に否定されるだろう。  それに、イセイには兄を助けるという小さな頃からの目標があった。例え僻地に出向こうとも、必ず兄を助ける。彼はずっとそう誓っていた。  ジュオとカルールという運命の番の子供であるイセイがいることで、サイリューの存在意義を問うような声がずっと昔から聞こえている。イセイは大好きな兄を守るため、彼らを黙らせるために常に先頭に立ち、兄こそが後嗣に相応しいと自ら訴え続けていた。  サイリューはそれをとても喜んでいて、ジュオもそれを知っているはずだ。それなのに、今ジュオが口にした言葉は、イセイにサイリューを裏切れと言っているようなものだ。母がそんな残酷な事を言う意味が分からず、イセイは彼への不信を露わにした。 「母上は、私に兄上を裏切れとおっしゃるのですか? 私に後を継げと言うという事はそういう事ではありませんか?」  語気を荒げるイセイに、ジュオは目を細めた。こんな時でも兄弟仲が良い事は、ジュオが最も幸せを感じる瞬間なのだ。しかし、イセイは牙を剥いて喰らい付きそうな勢いでジュオを攻めようとしている。ジュオは、彼のその様子に苦笑した。 「サイリューを案じているのだろう? ただ、さっきも言ったが、オルサラータの母王になれるのは、オメガになる事が出来た者だけだ。変異出来なかった者には、その資格が与えられない。サイリューもあの日同じものを飲んだだろう? あいつは、あれが二度目だった。三年前に一度擬似発情促進薬を飲んでもその効果が現れる事がなく、一年前のあの騒動の時は二度目だったのだ。それでもオメガにはなれなかった。だから、サイリューには王位を継ぐ事が出来ない」 「継げない……? この国では、オメガでなければ王位は継げないのですか? 兄上はあれほど国を背負う覚悟を決められていたではありませんか! それなのに、それは無かったことにされて、特にやる気があるわけでもない僕の方に押し付けるのですか? それはおかしいのではありませんか?」  イセイは片膝をついた体勢になり、ジュオに掴み掛かりそうな勢いで彼に抗議した。ジュオの侍従たちが、イセイに冷えた視線を投げる。もし手を出してしまえば、いくら実子とはいえ反逆罪に問われかねない。ジュオはそっとイセイに向かって手を上げ、抑えるように指示をした。 「話は最後まで聞くものだぞ、イセイ。そうだな、そこにだけ注目するとそうなるだろう。そのあたりは、私も悩んだのだ。そもそもそこまでしてオメガが収めねばならぬ必要があるのかとすら考えた。ただ、後嗣をお前にと言う理由はもう二つある。その理由を聞けば、お前だってその方がいいと言うだろう。それを聞いてはくれぬか?」 「——二つの理由、ですか?」 「そうだ。そのうちの一つだがな、イセイ。この人を人と思わないような王位継承権の与え方だが、一つだけいいところがある。それは、運命の番を自分で決められるということだ。それがあるから、私はお前とイファに継いでもらおうと思ったのだ」 「運命の番を、決められる……?」  運命の番とは、出会う確率があまりに低く、万が一番う事が出来れば運命的な確率だという。しかし、今のイセイにとっては、それは存在すらし得ないものとなっているだろう。アルファとして生まれたのだから、運命の番はオメガのはずだ。でも、今のイセイはどのバースにも属していない。しかも、後々オメガになるという。そうなれば、運命の番はアルファでなくてはならない。 「運命の絆すら他人の手で作り上げようと言う事ですか?」 「そうだ。その不可能とも言えそうな事をやってのけた前例がある。まずはそのことを知ってもらおう」  ジュオはそう言うと、イセイの後方を顎で示した。そこには、先ほどどこかへ向かったアンナに連れて来られたのであろう父王カルールの姿があった。イファと同じようにがっしりとした偉丈夫が、ゆったりとした足取りでこちらへと向かっている。 「ジュオ、私の方は無事に終わったよ。君はどうだったかい? やあ、イセイ。久しぶりだね。母の話をちゃんと聞けてるかい?」  父王カルールは、そう言って以前より皺の増えた優しい顔に、さらに深いものを浮かべながら愛する息子へ微笑んだ。イセイは、その包容力の塊のような父を見ていると、胸に迫るものがあった。  いつかは彼のように立派なアルファとして番を支えていこう、そう思っていた頃を思い出したからだ。しかし、今となってはそれはもう叶わない。それがはっきりしているためか、今は偉大なる父に弱い自分を支えて欲しくて仕方が無いと思うようになっていた。 「父上、お久しぶりです。お元気そうで何よりです」 「そうだな、イセイ。お前も元気そうで何よりだよ。何も知らない一年は色々大変だっただろう。よく耐えたね。とにかく、無事で良かった。今はジュオの話を聞いたばかりで混乱しているんだろう。でも、最後まで聞いてあげて欲しいんだ。きっと前向きな決断をする事が出来るはずだからね」  カルールは元々民間人で、城の料理人として働いていた父の手伝いのために、時々城に出向いていた。その時にジュオと知り合い、それ以来仲の良い友人として過ごしていた。  後嗣を決める年齢になる直前、ジュオは兄たちと共にオメガへの変異を促され、自分だけがその手前まで行く事が出来た。そして、最後の仕上げ——バースが消滅した状態で、愛するアルファに抱かれる必要性が出てきたというところで、その相手をどうするかで悩んだのだという。  しかし、ジュオがサイリューの父であるソマを側室に迎えるという話が出た頃、二人は急速に恋心を自覚していった。そして、ソマを迎える前に、ジュオはカルールに運命の番になって欲しいと告げたのだという。 「私はカルールにオメガにして貰ったんだ。だから、私たちは運命の番なんだ。そして、自分たちが番った後に、最初の準備期間から愛するアルファに抱かれ続けるという手法もあると知った。それは薬だけでオメガになるよりも、安全な方法だと聞かされたんだ。そんな方法があるなら、後嗣の心も命も守れるのなら、そうさせたいと思うだろう? 我が子を愛する親なら、リスクの低い方法を選ぶものだ。だから、私はカルールにイセイとサイリューのどちらにも薬を飲ませるのは最低限だけにして、あとは愛する者に抱かれることで変わる道を行かせたいと言ったんだ」  そうしてジュオがカルールの方を見やると、カルールは穏やかに微笑んで頷いた。通常運命の番は人に選べるものではないが、二人は自らが選んでそうなったのだという。そして、自分はその結果産み落とされた命なのだと言う。その事実に、イセイの胸にじわりと温もりが広がった。 「では、先ほど言われていた一年かけてする準備とは、その事だというのですね? 一年間ヒートの度に抱かれながら薬を飲み、アルファの遺伝子を作り替えていった。そして、最後に頸を噛んでもらったら、運命の番になっている。そういうことですか?」 「そうだ。そして、お前は今、最後の仕上げ前まで来ている。だから、イファと番えばお前たちは運命の番になれるのだ。運命の番のもとに生まれた子が、また運命と番えれば、その子供はより強い者として生まれてくるだろう。サイリューがオメガにならずにアルファのまま嫁を娶るよりも、その方が病気に強い子供が生まれてくるのだよ」 「でも、それは僕が愛する人に……イ、イファに抱かれていた場合の話でしょう? 僕は娼館の客に抱かれていたんですよ? イファは軍人ですが、母上の側室じゃありませんか。間違っても口輪をされて乱暴に抱くような人ではないでしょう? あの人、とても激しかったのです……よ……」  イセイはそう言いながら、顔を真っ赤に染めていく。自分が今口にした言葉がどれほど破廉恥なのかということを、遅れて自覚したようだ。思わずその時のことを思い出してしまうのだろう。次第に小さくなるように蹲り、頭を抱えてしまった。 「お前に擬似発情促進剤を使っているということは、ヒートを起こしているということだ。擬似とはいえ、ヒートを起こしたオメガと地下の密室にいるのだぞ? アルファもラットを起こすに決まっているだろう? 元アルファなのだから、お前にもわかるはずだが?」 「——それはどういう意味ですか?」  真っ赤な顔のままそう尋ねるイセイに、ジュオは慈愛に満ちた表情を浮かべながら、その大きな手で彼の頬を包んだ。 「どれほど温和な人間であっても、ラットを起こせば目の前のオメガを貪り食うものだよ。それも愛している者を抱いているんだ。誰でも抑えられなくなるに決まっている」 「——つまり、あの人はイファだったと……? イファは、その、抑えが効かなくなるほどに僕を……。は、母上はそう言いたいのですか?」

ともだちにシェアしよう!