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第7話 心ごと欲しい

「そうだ。この一年間、ヒートの度にお前を抱き、その苦しみからお前を解放していたのは、イファだ。お前の体に少しずつ自分の精を注ぎ、時間をかけてお前の中のアルファの遺伝子を追い出した。それまでは首を噛んではならないから、ずっと口輪をつけさせていたんだ。アルファは目の前にオメガがいるのに噛めないと、かなりのストレスがかかる。だから凶暴になったところもあるかもしれないな」 「あの人が、イファ……」  ジュオは戸惑う息子に向かって微笑んだ。そして、その頭を優しく撫でる。 「お前達は、長年想いあった者同士なんだ。私とカルール、そしてアンナは、それを見守りながら、ずっとハラハラしていた。さっきも言ったが、成人の儀を迎える前にお前がオメガになる機会を得なければ、一生会えなくなるかもしれなかったんだ。お互いの好意に周りは皆気がついているのに、肝心のお前達はいつまで経っても気が付かない。どれだけ待ってもくっつかない。だから、この仕組みを利用した。ただ、最後の決定は自分たちの意思が必要だ。二人で決めるんだ。——イファ、こちらへ」  ジュオが呼ばわると、建物の影からイファが現れた。イセイが長く愛した想い人、イファ。彼は、その手に何か紐状のものを持っている。 「それは、ラクスで使っていた目隠し用の……」  そう口にした途端に、イセイの膝からがっくりと力が抜けた。倒れ込んだ。 「——っ、あっ、?」  立ちあがろうとしても全く力が入らないようで、思い切り倒れ込んでしまう。何事だろうと思っていると、イファ以外の人物が突然その場から走り去ってしまった。倒れたままのイセイを誰も気遣わなかったことで、イファが堪らずにイセイへと駆け寄る。 「イセイ!」  イファが声をかけると同時に、二人の間に大きな衝撃が湧き起こった。体の中の何かが激しく反応している。その衝撃が、体を揺らした。 「う……?」  息が詰まりそうな圧迫感に促され、イセイの頭の中にはジュオの言葉が甦る。 『最後の仕上げが残っている』 ——もしかして、これが……?  そうなのだろうかと思っているところへ、イセイは、自分の体から砂糖を煮詰めたような濃く甘い香りが周囲へ漂い始めることに気がついた。 「っあ、ン、これ……」  イセイに、フェロモンバーストが起こる。頸と臍の奥あたりに、チリチリと焼けるような痛みが広がった。 「イセイ!」  空気の質量さえ変えてしまいそうなほどの濃いフェロモンの中を、イファが躊躇いなく突き進んで来る。急激に上がった熱と欲に思考を奪われ始めているイセイを、彼は地面に叩きつけられる寸前で抱き留めた。 「——っ、大丈夫か?」  伸び始めた犬歯を隠しながら、イファはまだイセイを気遣っている。今にもその頸に噛みついてしまいたい衝動があるだろうに、それを精神力だけでやり過ごそうとしていた。 「ねえ。あなた、が……抱いて……た?」  イセイは、夢を見るようなうっとりとした目でイファを見る。次第に半開きになっていく唇の奥には舌がチラリと覗き、その側からきらりと光る糸が伸びていく。肌の上には、昂った体温が生んだ水滴が、同じように煌めいていた。  イファは、イセイの額の汗を手で拭うと、熱に震える体をそっと抱き寄せた。一年間このフェロモンに慣らされていたからか、やや耐性がついているらしい。まだ理性は保たれている。 「イセイ、君が私を想っていてくれているというのは、本当かい?」  イファはジュオからイセイの気持ちを聞かされていた。そうして、自分の気持ちを、彼の愛する息子にきちんと伝えるようにと言われている。それでも、自分から最後の一手を打つのは怖いのだろう。彼もイセイと同じように震えていた。 「イ、ファ……?」  遠のいていく意識を必死に繋ぎ止め、イセイはイファの心を落ち着かせようと、その背中を抱き返した。そして、震える手をなんとか動かし、まるで小さな子供を慰める母親のように、優しく摩っていく。すると、イファは更に激しく震え始めた。 「——っ、あ、あの日……、私が運命の番を亡くした日にも、君はこうして背中を摩ってくれていたね。その後の絶望の日々は、ずっと君の優しさに救われていた。おそらく私は、早いうちから君を愛していたんだ。でも、夫への弔いの気持ちと、新しく芽生えた君への想いに折り合いがつけられなくて、私からは何も言えなかった。でも、もう……」  イファは震える体を起こすと、イセイの目を覗き込んだ。その中にあるものを見つけると、イセイの心臓がドクンと大きく跳ね上がった。 「——っ!」  そこには、目の前のオメガを手に入れようとする、暴力的なまでに強いアルファの本能に染まり、ギラリと乱暴な光を宿した瞳があった。 「い、ふぁ」  覗き込んでいるだけで、イセイの中心から欲が流れ出る。垂れ流しながらひくりと揺れるそれを逃がそうとすれば、今度は後ろが切なくなった。 「あ……っ、ん」  何かをすれば、何か一言でも発してしまえば、もう発情が止められなくなりそうなところまで来ている。そうしないためには、ただ震えて耐える事しか出来なかった。 「あっ、だめっ」  そうして耐えていたイセイの首を、イファの熱い肉がするりと這う。まだオメガになり切れていない体のはずなのに、やはりそこからアルファの欲を掻き立てる香りが生まれているのだろう。彼はラットを起こし始めていた。  イセイはイファの行動に驚きながら、 「……王命で仕方なく抱いていたわけじゃ無いのですか?」  と問う。すると、イファは彼の耳元に口付け、 「ああ、違うよ。君を愛しているんだ」  と告げる。その答えを聞くだけで、イセイは更に前を濡らした。 「んあぁっ、うっ……」  イファはその大きな手のひらで、イセイの体を摩りあげていく。その形を確かめるかのようにして何度も抱き竦めながら、イセイの体をオメガに変えるために、隅々まで愛を伝えていった。 「亡くした夫のことも愛していた。そのつもりだった。でも……」  イファの犬歯が、完全に伸び切っていく。少しずつイセイのオメガフェロモンを吸い込みながら、ゆっくりラット状態へ入ったためか、まだ理性は保たれている。  しかし、イセイを手に入れる事しか頭にはなく、執拗に首元を愛撫する。 「イセイ、おそらく私にとっては、これが初めての恋だろう。彼にはこんなに執着を持った事は無かった。体があればそれでいいとすら想っていたと思う。でも、君の事は心ごと欲しいんだ。その全てが欲しい。一年間君を抱きながらもそれが手に入らず、本当に苦しかった」  掠れた声でそう語るイファに、イセイの鼓動が更に高鳴る。 「イセイ、お互いに想いを寄せいているのであれば、慰めるためではなく、君を愛するために抱かせて欲しい。そして、出来れば……」  イファは言葉を詰まらせた。くっと緊張した眉間、欲に濡れても捉えようとする鋭い眼光。イセイはイファのその強いエネルギーに囚われ、次第に幸せの波に包まれているように感じ始めていた。 「——ここを、私にくれないか?」  再び口を開いたイファが、イセイにそう尋ねる。イセイはその言葉と共に頸にかかる吐息により、最後の爆発的な発情を促された。 「あっ……、あ、ぁあ……、っ……!」  桜の咲く庭に、甘ったるいオメガの香りが広がる。その中に、うっすらと太陽を感じさせる香りが重なっていった。  イセイは、オルサラータの後継者に与えられた運命に感謝した。愛という心での繋がりを持った上に、運命で深く繋がる相手を選ぶことが出来るという幸運を得る事が出来た。その人生を嬉しく思っていた。  そのために長い時間をかけて準備に耐えてくれた母、アンナ、そして、イファ。その全てに感謝した。 「愛して、ま、す……」  そして、頸をあらわにして彼に差し出す。 「——だから、っ、か、んで……噛んで、ください。イファ、あなたのものになりたい」  イセイのその言葉を最後に、二人は自我を失った。それからの五日間は、二人が生まれてから最も幸せな日々となる。  壁の向こうでは、母王が成り行きを見守っていた。イファがイセイの頸に歯を立て、イセイのフェロモンが変異する。それと同時に、ジュオは涙を流し、 「息子を頼んだぞ、イファ」  と告げると、カルールの待つ自室へと戻って行った。(了)

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