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第37話 最後の夕飯
「何をしてるんだ?」
バサッと乱暴に勉強道具を取り上げられ、放り投げられた。
「何を考えてる?今からどこに行くつもりだよ?」
サッと手を引っ張られ、そのまま抱きしめられた。
「なんで何も言わないんだよ……うっ、俺を置いて行くのか?」
耳元で、海斗の消え入りそうな叫びが震えた。
涙があふれて、言葉が出なかった。
「海斗、違うよ。出ていくんじゃない。
“待ちに行く”んだよ」
「待つって……?」
「これから海斗はもっともっと勉強しないといけない。
俺がいると気が散るよ。
だから俺は場所を変えて、海斗のことを待ってるね。
国家試験に受かったら迎えに来て。俺、待ってるから」
「……っ」
海斗も泣きながら俺を抱きしめた。
「何年かかると思ってるんだよ?
あと三年もかかるんだぜ。
その間ずっと俺を一人にするのか?
とおるだって先に卒業するだろう?」
「うん」
頷いて、泣いている海斗の背中をさすった。
「だから俺もいっぱい勉強して、お父さんの病院の事務に入れてもらうよ。
だから病院で待ってるね」
「お前ってやつは……」
海斗は振り切るように俺を離し、うつむいたまま言った。
「じゃあ俺、着替えてくる。
とおるの住むアパートを探してくるから、家で荷物をまとめてろよ」
「え?アパートだったら俺が探すよ」
「ダメ。自由にさせない。家で待ってろ」
そう言い残して、さっさと着替えて出ていってしまった。
ああ……もう取り返しがつかない……。
頭を抱えた。また涙があふれてきた。
俺はなんてことを言ったんだろう……。
海斗を傷つけた。
でも、これでいいんだと思い直し、泣きながら荷物をまとめた。
荷物は少ないから、もう準備はできていた。
段ボールに入れたままの荷物もあったし、
いつ帰るか分からないから、段ボールも畳んでクローゼットに入れておいた。
夜になって海斗が帰ってきた。
夕飯を作って待っていた。
「お帰り」
「ただいま」
まるでどこかでいじめられて帰ってきた子のように見えた。
眉間のしわが、海斗の悲しみをそのまま映していた。
そして、その怖い顔のまま、俺を抱きしめた。
「アパートは見つかったから契約してきた。
電気水道も連絡しておいたから。
トラックは明日の朝来るよ」
「うん、ありがとう。お金を出すよ」
「ダメ。お金を出す自由はない。勝手に出ていくんだから」
「うん……ありがとうね」
また涙が出てきた。
俺が泣くと、海斗も泣いた。
しばし抱き合っていた。
「父さんに、新しいとおるの住所を教えておいた。
卒業したら病院の寮に入るようにって言ってた。
これが寮の住所だよ。それと父さんの電話番号ね。
卒業の二か月前に父さんに連絡するんだよ。わかった?」
「うん、わかった。
お父さんに恥をかかせないように、俺も仕事頑張るよ」
「もう夕飯を食べよう。
明日の引っ越しは俺も一緒に行くからね」
海斗が優しい目で見つめてくれた。
「うん、ありがとう」
最後の夕飯の豚汁は、海斗が明日まで食べられるようにたくさん作った。
そして野菜と鶏肉の煮物、浅漬け、あえ物。
海斗は自分で作らないから、これでいいかな?
食べてから、また二人でお風呂に入り、ベッドで抱き合った。
海斗がまた俺を抱いた。
もう身体が壊れてもいいと思った。
いっそ、このまま時間が止まればいいのに……。
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