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第2話

「あの〜、、 こちら、お下げしても、…よろしいでしょうか?」 ふと耳に届いた店員の戸惑いを含んだ眼差しが、 痛いほど刺さる。 「桜井、桜井、。 ー申し訳ない、よろしくお願いします…。」 気恥ずかしさから桜井に声をかけ、繋がった手を離そうとする。 しかし、返事もなく桜井の真剣な表情に肩を竦めた。 「はい、失礼します」 仕方なく、繋がった手はそのままに俯いたまま、 テーブルのお盆が綺麗に片付けられていくのを待つ。 きっと…、誤解されてしまった。 もう、この店には、来れない…。 去っていく後ろ姿に深いため息が溢れ落ちた。 「桜井、この行動になにか意味があったのか? ー絶対におかしな2人組だと思われただろう。」 ようやく離された手を早々に引っ込めても、 かすかな笑みを浮かべ満足気な桜井は気にもとめていないようだ。 「えぇ、もちろん。 僕を信じてください、夢乃さん。 あぁ、それと今夜からこれを枕元に」 太々しい態度で鷹揚に頷いた桜井が、胸元のポケットをごそごそと探したあと取り出し、手渡してきた物を受け取る。 しっかりとした感触に、つるつると硬い先端。 本当に、胸元ポケットに入っていたのか、 疑ってしまうほど大きな黒と白模様の羽根は、 カラスの羽根ではないようだが、一体何の鳥なんだ。 「これは?」 「僕の羽根ですね」 「驚いたな、桜井。 君も冗談が言えるのか」 普段、嘘も冗談も言わない桜井から、 それほど面白くなかったとはいえ、冗談が聞ける日が来るとは、、。 あまりにも変わらない桜井の表情に、一瞬でも信じてしまったが、はっきりとした目鼻立ちに、短く整えられた黒い髪は、とても鳥には見えない。 「夢乃さんにそんなふうに思われてのは、 少し心外ですが、必ず、置いてください。」 「あぁ、分かった」 眉を僅かに寄せた桜井に、慌てて鞄の中にしまう。 この羽根と夢に何の意味があるのか? さっぱり、分からないが…、。 考え込む間にも伝票を片手に会計に向かう桜井の後を慌てて追いかける。 会計の呼び出しに駆けつけてくれた店員の顔に、 先ほどのことが頭に浮かび、視線を逸らす。 桜井が勘定をまとめて支払おうとしたその瞬間、 彼より先に会計を済ませ、ともに店の外に出る。 「夢乃さん。 お気持ちは有り難いですが、 今日は僕のお礼でお誘いしたんです。 お金はお返しします」 白黒の蛇革財布を開け、代金を渡そうとする桜井に 足を止めて、向きなおる。 「いや、礼を言うのは私の方だ。 桜井が真剣に話を聞いてくれて助かったよ」 まだ完全には納得していないだが、 渋々、取り出したお金を財布に戻した桜井の瞬きもなく、見つめてくる真っ直ぐな眼差しに、足元へ視線を落とし、一呼吸つく。 「だから、、その、 もし桜井が…良ければ次も誘ってくれないか…、、それで十分だ」 もごもごと口籠りながらもどうにか、桜井に最後まで話し、顔をあげる。 「夢乃さん…わかりました。 ですが、次は僕が必ず」 口元を緩め、財布をしまった桜井とともに、 同じようなスーツ姿の人々の間をすれ違い、通り抜け駅に向かって歩く。 立ち並ぶ店の看板による、カラフルな灯りのお陰で僅かな街灯でも道が分かりやすく通りやすい。 桜井と別れの挨拶を交わし、疎らになった電車の席に腰掛けた。 がたがた、音をたて動き出した電車から伝わってくる振動が足元を揺らす。 「次は〜」 何度か停車し流れてきた駅名に、鞄を持ち直し開いた扉から降りる。 すでに閑散としたホームには、人っ子ひとりすらいない。 住宅街の明かり、ぽつぽつ置かれた古びた街灯の薄暗い光では、足元すら見えづらく歩きにくい。 車すら通らない、真っ暗な夜道をカンカン、と鳴り響く踏切の音が夜の不気味さを煽る。 ここ最近の物騒な話題が、頭の中を絶え間なく、 横切るたび、自宅への足取りが速くなる。 マンションのエレベーターに乗り込む。 玄関を開け、靴を脱いで鍵をかけ直し鞄をソファに置く。 スーツのポケット内を確認し脱ぎ、ハンガーに掛け吊るす。 風呂を洗い、わざわざ湯船に浸かるような気分でもない。 人肌ほどのシャワーで全身を軽く洗い流し、 水滴が伝い落ちていく髪の毛をタオルで拭うが、 きりがない。 テーブルに置かれたままのリモコンでテレビの電源を入れた。 がやがや、賑わう音声を聴き流しながら、ソファに腰を落として、桜井から渡された羽根を取り出した。 大きく美しい丁寧に手入れされた羽根を眺めているうちに、ふと桜井のつまらない冗談を思い出して、口元が緩む。 幼少の頃は、魔法使いの羽根ペンに憧れては、 学校の帰り道を通るたび、落ちている大きな羽根がないか、探しながら帰っていたな、、。 明日に備えて、今日は早く眠りにつこう。 騒々しい話し声や、笑い声を響かせるテレビの電源を落とし、寝室のベッドに寝転ぶ。 桜井の言ったとおりに羽根を枕元に置く。 それにしてもあの握手、、ずいぶん熱かったな。 仰向けに寝転び、あらためて手のひらを眺める。 少しカサついた表面、切り揃えたばかりの爪。 特にこれと言って変わったところはない。 襲いかかる睡魔が少しずつ瞼を落としていく。 「ーー」 自分が立っているのかも、はたまた座っているのかもわからない朧げな意識のなか。 さらに深い底へ誘おうと、襲いかかる睡魔にかち、かち明滅を繰り返す視界。 ふとまるでたくさんの線を複数の明るい色を重ね 描いたようななにかが動くたび、耳元に届く、 ばしゃ、ばしゃ、水の上を踏み歩くような音、 ぐるぐる、回りだした視界が気持ち悪く不愉快だ。 ふわふわ、まったく言うことを効かない瞼を力強く閉じる。 「ーハァ」 意識が落ちる寸前、耳元に深いため息が聞こえてた。 カーテンの隙間から漏れた光が顔に触れ、目が眩む。 耳に鳴り響く目覚まし時計の騒音に、目頭を押さえながら起き上がる。 まだ少しの眠気は感じるが、昨日のような身体の疲労感がない。 それにしても昨日は夢を見なかったが…、。 枕元に置いた羽根を手に取り、朝日に翳す。 この羽根の効果か?、それとも桜井のあの握手。 ーいや、まさかな。 きっと、あまりの疲労に夢も見なかっただけだろう。 昨日よりも焦げていない食パンを腹に入れ、駅に向かう。 雀の鳴き声に地面を蹴飛ばす足音だけが道に響く。 ガタガタ揺れる電車の振動に踏ん張るのは大変だが、運良く空いていた席を見つけ腰掛けることができた日は少し運が良く思える。 ぞろぞろ、似たような顔で降りていく人の後ろに並び、電車を降りる。 会社への通り道では、年季の入った青果店が最新のコンビニへ建ち変わっていた。 駐車場だったはずの場所は鉄製のフェンスで囲まれ、遊具で遊ぶ子どもたちの姿が見える。 いつの間に変わっていたのか。 毎日、通っているというのに毛ほども気が付かなかった自分に呆れながら歩く。 「おはようございます、…夢乃さん」 「おはよう、桜井…? 少し顔色が悪いな、大丈夫か」 振り返った後ろ姿に思わず腕時計の針を確認したが、普段通りの時間だった。 今日の桜井は元々肌が白いとはいえ、普段より青白く少し目つきが鋭い。 「あぁ…いえ。 特に体調は問題ありませんので、 それよりもよくお眠りになられましたか」 「そうなのか、、? 夢も見ないほどよく眠れたな。 ありがとう、桜井」 昨夜、あの夢を見なかった理由はさっぱりわからないが、もしかしたら桜井のお陰かもしれない。 そう考え渡された羽根をお礼とともに手渡す。 「それは良かったです。 それにしても、…なるほど良くない」 僅かに微笑んで頷いた桜井が手渡した羽根をじっくり眺めるうち、眉をひそめ低くなにかをつぶやき考えている。 「寝ている間に、汚してしまったかもしれない。 すまない」 あの部長の話すらも澄ました顔でただ静かに聞いている桜井の少し苛立っている珍しい様子に、 もしかしたら羽根を汚してしまったのかもしれない。 「あァ、すみません…。 お渡した羽根は夢乃さんの好きにして頂いて、 お気になさらずお使いください。」 顔を上げた桜井が柔らかく首を横に振りごそごそ、 胸元を探る姿に、ひとまず安心しデスクに鞄を置く。 「ーさて、それよりもこれを。 可能であれば肌身離さずお持ちに頂けると幸いです。」 桜井が取り出したお守り袋に、どこからか新しく取り出された羽根を受け取るべきか。 考えている間も時計の針に、桜井の瞳に押し負け、受け取る。 「えぇーみなさん、おはようございます。」 桜井にいったい何のお守りなのか聞こうとしたところで、聞こえてきた部長の声に急いで羽根を鞄にしまい、お守りはしばし考えたのち、胸ポケットに入れておく。 視線を向けた先では、わざとらしく咳払いをしている部長の隣に、見慣れない背丈の高い男が立っているのが見えた。 「こちら、 今日からこの部署に新しく配属されることになった荒海(あらうみ) (ゆう)くんだ」 「どうも、 ご紹介に預かりました荒海遊と申します。 これからよろしくお願いします」 やけにかしこまった様子の部長を気に留めることもなく、辺りを見渡したあと重低音の落ち着いた声で自己紹介をする荒海のほうが、まるで部長のような貫禄がある。 荒海の高い背丈に見合った体格の良さは近寄りがたい。 「えぇー、…それでは本日の荒海くんの教育を夢乃くんに頼むが、明日からは武本さんにお願いする。 夢乃くんは、くれぐれも、丁寧にお教えするように!」 そんなことを考えながら適当に部長の話を聞き流してる間に、話されたことに耳を疑う。 思わず首を横に振ったが、部長の念押しを頂いただけになってしまった。 周囲に挨拶を交わしながら、こちらにゆっくり歩いてくる荒海に新しく用意されていた自分の隣のデスクを案内する。 「どうも、夢乃先輩」 「よろしく頼む、荒海」 見上げるほど高い荒海の背や鋭い歯並びに、 咄嗟に半歩下がりそうになるのを押し留め、 差し出された一回りも大きい無骨な手と握手を交わす。 筋肉質な見た目に似合わず、握った手はひんやりしていてまるで冷水に触れているようだ。 荒海から漂う、海を思い出せるような気分を落ち着かせる香りがし、どことなく懐かしく感じる。 そういえば、昔はよく家族と共に海を眺めたな。 「夢乃さん」 聞こえてきた桜井の鋭い声に、はっとし慌てて握り締めたままだった荒海の手を離す。 「すまない」 「俺は全然、気にしませんよ先輩」 白い歯を覗かせ快活な笑みを浮かべる荒海に、 荒海のパソコンの電源をつけ、社員番号の入力や勤怠表の付け方など簡単なことを教えていく。 その間も桜井のじっとりした呆れを含んだ視線を背中に感じながら、ある程度の仕事流れを教えたあとは自分の仕事も終わらせていく。 危うく、また部長にちくちくと注意をされるところだった。 届いていたメールのチェックを済ませ、商品の注文書を発行していく。 荒海に補佐としてついてもらいながら、電話対応など様々な基本的な仕事を少しずつ教え、片手間に一連の流れをメモしておく。 「仕事の大まかな流れは大体、こんな風だな。 それじゃあ、昼休憩にしよう荒海。 もし良ければ、一緒に食堂か近くの店に行かないか」 桜井にも声をかけようと周囲を見渡したが、どこにも姿がなかった。 「あ~、申し訳ないっす。 これから少し部長にお時間をいただく予定があるんで、先輩とのお昼、、。」 眉を僅かに落とし、明らかに落胆していると訴えかける荒海の瞳が突き刺さる。 「いや、気にしなくて良い。 それなら、この時間までにはここに戻ってくれ」 昼休憩が終わる時間を教え、落胆した顔のまま部長のデスクに歩いていく荒海の背中を見送った。 鞄から取り出したラップで包んだ塩おにぎりを取り出し自販機で買った健康!茶とともに机に置く。 食事の片手間に念のため、ミスをしていなかったか 確認していく。 喉に張り付く噛み切れない海苔に巻かれた水分量が多すぎたせいですぐに崩れそうになる米に、 思わず顔を顰めてしまうほどの塩辛さは、とても食べられたものではない…。 思いつきで滅多なことはするものでないな。 湧き上がる後悔をお茶で流し込み、綺麗に片付けていく。 「ーお疲れ様です、夢乃さん。 これを、外回りで購入したお菓子です。 疲れが取れますよ」 音もなく背後から聞こえてきた桜井の声に、跳ね上がりそうになるのを押し留め、クッキーの箱を受け取る。 この辺りでは見かけたことがないが、新商品だろうか、、、。 「ありがとう、桜井」 箱から取り出したアイスボックスクッキーの個包装を破り齧る。 バターの甘さにココアのほろ苦い味、サクサクとした食感が残っていたおにぎりの後味を上塗りしていく。 「これ、美味いな、…桜井」 欠けたクッキーを口に入れ、パッケージに描かれた商品名を頭の中にメモする。 あとで店名も桜井に聞いてみるか。 「気に入っていただけましたら幸いです。 遠慮なさらずにどうぞ、もっとお召し上がりください。」 「いや。あぁ…、ありがとう」 クッキーの箱を桜井へ渡そうとしたが、受け取ってもらえないまま、去っていく桜井に礼を言い、デスクの目立たない隅の方に寄せておく。 それにしても桜井が選ぶお菓子や飲食店は、 どれも自身で選ぶよりも圧倒的に美味くついつい受け取ってしまう。 だからこそ、桜井から渡される食べ物や誘いは断りづらい。 昼休憩が終わりに近づくにつれ、ぞろぞろ仕事に戻る人々のなか、一人だけ威圧感を放つ荒海の姿は、すぐに見つけることができた。 午前と同じように仕事をともに進めていき、 最後に荒海のデスクに向かい、退社についても教えていく。

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