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第4話

狭い洞窟のなかにいるような、 薄暗く僅かな音が反響し、自分の手先すらもぼやけて見えない。 いつの間に意識を手放していたのかも、分からないが、、。 ーこれは、きっと夢だ…。 足元に広がる水をばしゃ、ばしゃ音を立て必死に息を荒げ、ひたすら足を動かし、どうにか暗闇のなか走る。 馬鹿馬鹿しい、ただの夢に何を必死になる必要がある? 自分への冷めた気持ちとは、裏腹に足も、手すらも 動きを止められない。 『ーーー、』 何かの音が狭い洞窟の中を反響しているのか、 ぐわん、ぐわんと耳に届き続ける。 眠る前、降り注ぐ雨に雷が酷くなっていた。 だから、きっと、窓に叩きつけられる雨か、近くに落ちた雷の音が夢にも反映されているのかもしれない。 こんなにも走り続けているはずなのに、進んでいるのかも、先があるのかもわからない。 それなのに、走り続けなければならないのはなぜだ…? 自分の夢とはいえど、意味のない行動に心底うんざりする。 『______』 後ろから反響する呆れと愉悦を含んだ音が、理解できるのは、どうしてだ。 はぁ、はぁ…、 数え切れない荒い息が口から溢れ落ちていく。 目を覚ましたくともその方法すらわからないまま、ただ、水飛沫を上げながらひたすらに足を動かす。 大きく水を跳ね上げる音が感覚をあけ、距離を詰め寄ってくる。 何がいるのか、どうして…逃げなければいけないのかもわからない。 ボタボタ汗が垂れていき、激しい動悸が本能を駆り立てる。 『フゥ__』 首筋を生温かい息が掠めていく、、。 まだ、…音の距離はまだ離れているはずだ…。 思わず振り返そうになるのを抑えて前に進む。 いったい、どこまでこの不愉快な夢が続くのか、 本当にこのまま、見えない先を目指すのが正しいのか。 これはすべて夢なんだ。 もういっそ、このまま足を止めてしまえば楽になるんじゃないか。 何度も自分に問い掛けても答えがでない。 ふと頭に感じたチクリとした痛みに手を伸ばし、刺さった物を取る。 これは、、桜井から貰った羽根じゃないか。 ぶれる視界のなか、ようやく掴んだものが何かわかった。 枕元に飾った羽根は夢にも反映されるのか。 関心しているうちに、いくつもの羽根が頭上に舞い落ちて身体に張り付く。 足元にも複数の羽根が落ちては浮かぶ。 …たとえ、自分の意識が反映されているとしても、夢というものは理解できない。 『__』 途方に暮れながら走り続ける。 突然、背後の何かがさらに大きな音と激しい水紋をたて、近付いてくる。  あぁ、…まずい。 このままでは確実に捕まる、、。 「ーー!!」 突然、頭に加わったずっしりとした重み、鋭く尖った痛みで思わず、頭が下を向く。 洞窟に響く猛禽類の大きな威嚇する鳴き声、羽ばたきの音まで聞こえてきた。 これは小型ではなく、、大型ではないのか? だとすれば降りてくれないか。 あまりの重みと振動に首を痛めそうだ…。 『______』 先ほどまで迫っていた息遣いも、悔しげな声も遠く離れていく。 浮かんでいる羽根のおかげか、それとも頭の上にいる鳥のお陰なのかはわからないが、 …どうやら、後ろにいるものは近寄れないようだ。 しばらくしてぐるぐる、大きな羽を広げ、頭上で円を描く鳥の種類はわからないが鷲だろうか。 ふと空から放り投げられたような浮遊感に襲われ、咄嗟に瞼を閉じる。 「は、ゲホ…ゲホ」 突然、背中に感じた衝撃に目を見開く。 吐き出した息を吸い込んでしまい、咳き込む。 見慣れた部屋の内装がぼやけた視界に飛び込んでくる。 硬いフローリングの感触に、ずきずき痛む身体。 どうやら、ベッドから転げ落ちてしまったようだ。 カーテンの隙間から覗く空は暗い、時計が鳴るまで寝よう。 ベットの周辺に散らかった枕や毛布を拾い、寝汗が大量についた服を新しく着替え、ベットに寝転ぶ。 それでも妙な夢のお陰で、もぞもぞと落ち着きなく動き回り、何とはなしに枕元の羽根を手に取る。 眠る前よりも艶が悪く見えるのは気のせいだろうか…。 それにしてもあの夢は、頭の鳥の重みも流れ落ちる汗の感触もすべてがまるで現実のようだった。 今度、睡眠サプリでも試してみるのも手かもしれない。 手元の羽根を元の場所へ戻し、瞼を閉じる。 何度も溢れていく欠伸を手で抑え、落ちていく瞼を引き上げ、重たい身体でベットから這い出る。 結局、あのあとも夢は見なかったが、、熟睡したとは言い難い…。 眠気覚ましの冷水で顔を洗い、着替えを済ませた。適当に取り出した食パンに果実ジャムを塗り付け、もそもそ食べ進めていく。 少なくとも焼いていない食パンのほうが、普段の焦げパンよりも味も健康にも良い。 口の中の水分を奪っていく、もちもちした生地を牛乳で押し仕込んでいく。 「おはようございます!」 テレキャスターの元気な笑顔の挨拶が、寝不足の自分にはとても眩しく思え、目を細める。 やはり、サプリでも買ってみるか。 ニュースの内容を聞き流しながら食器を片付け、 新しく購入した水筒にポットの中身を移す。 しっかり蓋を閉め、僅かな水滴が溢れないか、確認したあとに、鞄の中に入れておく。 うっかり、蓋を緩く閉めてしまったその日は、鞄も書類も最悪だ。 「天気は快晴!。 雨上がりの気持ちのいい」 聞こえてきた天気の情報を頭の中に入れ、電源を落とす。 朝の準備に時間をかけてしまったな。 そろそろ、家をあとにしなければ、電車に間に合わない。 簡単な戸締まりを済ませ、降り続いた雨の水たまりを避けながら駅に向かう。 ぞろぞろと電車に乗り込んでいくスーツ姿の最後尾に慌てて並んだ。 どうにか、狭い車両の中に詰め込まれるようにして乗り込む。 密集した電車内はじっとり暑く、汗、香水など様々な臭いが混じり合うなかは嗅覚が麻痺していく。 不用意に人のスマホを覗かないように気をつけたいが、何処も彼処も文字に動画が表示され、目のやり場もない。 こういう時だけは電車内に貼られた広告のポスターに助けられる。 内心、どうでもいい広告の内容を何度も心のなかで音読しているうちに、アナウンスが流れ、電車を降りていく。 見上げた青空の中に黒に近い灰色の雲を見つけ、鞄の中に折り畳み傘を入れていたか考えながら、会社のエレベーターに乗り込む。 「どうも、夢乃先輩。 …雨上がりも悪くないですが、 昨夜のような天気が一番、素晴らしいと思いませんか。」 快活な笑みを浮かべ、隣に並んだ荒海の言葉に、昨日の夜を思い返したが…、。 お世辞にもいい天気だったとは言い難い。 「あぁ、荒海。おはよう。 雷と雨の激しい夜だったが、荒海は雨が好きなのか 」 たしかに夏の雨が降っている間は、僅かに気温が下がってほんの少し過ごしやすいが、 降り止むとじめじめ、蒸し暑くなりあまり好きではない。 荒海は雨よりも晴れの天気が似合いそうだが、人は見掛けによらないな。 「それにずいぶん怪我をしているが、大丈夫なのか?」 ふと鼻に届く昨日よりも濃ゆく感じる海の匂いに、ちらりと横顔を覗き込んだ荒海の頬や指先には、細かい切り傷がつき、痛々しい。 たしか…駅で別れたときにはついていなかったが、 まさか、、…桜井と喧嘩でもしたのか? 「たとえ雨で世界が沈んでも良いほどには好きですねぇ。」 にこやかに笑う荒海の姿は変わらないはずだ、、。 だというのに、足元から底冷えしていくような寒気に身体が強張っていく。 「今、いろいろと学んでいる最中でして少し失敗を ーまァ、この通り、頑丈さには自信があるんで大丈夫っすよ、夢乃先輩」 どんと胸を大袈裟に叩いた荒海に止まっていた息を吸う。 …寝不足に連日の疲れで風邪をひいたのかもしれない…。 「あ、あぁ。 そうか、大丈夫なら良いが、 ほどほどに怪我しないようにな、荒海」 ポーンと音が鳴り、エレベーターの扉が開く。 鞄の中身を自身のデスクに広げていくなか、 「おはよう!夢乃くん。 そして今日からよろしく〜、荒海遊くん。 私の名前は武本 小百合。 それにしても身長高いねぇ、、羨ましいよ!」 「どうも、よろしくお願いします、武本先輩。 日頃からよく言われますが結構、苦労も多くて大変っすよ」 荒海の背後からひょっこり顔をだし、片手を上げる武本さんはいったい、いつの間にそこにいたのか。 和やかな雰囲気で、荒海と握手を交わす姿を眺める。 …荒海との身長差に、武本さん自身の童顔のお陰で、まるで…、、。 「なぁに、夢乃くん。 荒海くんと私をまじまじと見比べちゃってさ、 もしかして、…まるで子供みたいとか思ったりしてる?」 「いえ、特に何も。…それよりもこれを」 眉を寄せ、まじまじと顔を覗き込む武本さんに、荒海に教えたことを書いたメモを差し出した。 「ふ~ん。 それなら良いけど、もし考えてたら…、、。 ありがとう、夢乃くん。 それじゃあ、さっそく行こうか」 「了解です、武本先輩」 小声で囁かれた言葉はよく聞こえなかったが、 新人時代の武本さんの教育を思い出し、震えそうになる。 必要ないかもしれないと思っていたが、意外なところで役に立つものだな…。 それにしても、やはり…荒海を連れ出す武本さんの姿は子分を引き連れている小さな首領のように堂に入っている。 「おはようございます、…夢乃さん」 「ぎッ」 ぬるりと背後から声をかけてきた桜井に、思わず声を上げてしまい、周囲からの視線に俯く。 「どうかされましたか」 「あ…、いや。 おはよう、桜井。 寝不足か、ずいぶん顔色が良くないな」 ありえないが…今度こそ武本さんに考えていたことがバレてしまったのかと思ってしまった…。 怪訝そうな表情をしながらも、自分のデスクに荷物を置く桜井の顔色は普段よりも青褪めてみえる。 「少し、夜通し取り掛からなければならないことがありまして…。 夢乃さんもあまり、顔色が良くありませんね。」 「桜井も寝不足か。 あぁ、またおかしな夢でなかなか寝付けなかったんだ。 そういえば、夢の途中で目覚めることができたよ。 ありがとう、桜井」 渡されたあの羽根か、はたまたお守りのお陰なのかはさっぱり、わからないが少なくとも効果はあった。 「お役に立てたのなら幸いです。 これからも夢乃さんの悩み事を解決するために、 尽力いたします。」 「いや、…ありがたいが」 いつになく真剣な表情でこちらを見据える桜井は、何事にも信頼のおける良い後輩だが、先輩としても甘えすぎるのも気が引ける。 「え〜はい、みなさん。 おはようございます! 今日も一日頑張って仕事をしてください」 断るつもりで開いた口も、部長のわざとらしい咳払いによって遮られる。 周囲の注目が、自身に集まったことに気が付いた部長が朝礼の挨拶をし、満足気な様子で去っていく姿を尻目に仕事を始めていく。 簡単な手続きから、手間のかかる事務処理などで、机に積み上がった仕事だけでも気が滅入る。 こういう時ほど少し前に定年退職されていかれた若山さんが懐かしく、つい手を貸してほしいと感じてしまう。 あぁ、いつか自分もあのように輝くような笑顔を浮かべ、周囲に惜しまれながら去っていった若山さんのようになれるだろうか。 「桜井くん、少し良いかね」 ふと耳に届いた部長の声に、それとなく姿勢を正し 部長の手招きで席を立ち歩いていく桜井の後ろ姿を横目に見送った。 少しおかしな部長の様子が気になるが、 きっとここ最近、桜井が会社に遅れて来ないから、 前のような長々と話をすることができないのかもしれない。   それにしても気の所為でなければ、部長の頭が昨日よりも僅かにふさふさ、茂って見える。 それに少し痩せたのか、ボタンの締め付けが緩緩やかなような、、。 まぁ、部長の些細な変化など自分には関係ないか。 それよりもさっさと仕事を終わらせなければ…、 過度な残業は部長に目をつけられてしまう。 その後も結局、桜井は昼休憩の時間に差し掛かっても戻って来ることはなかった。 どうにか一通り、仕事を終わらせてたあとは、 近くのコンビニで購入したおにぎり、お茶で適当に昼ご飯を済ませる。 自身で準備、片付けなど手間をかけるよりもこうして出来合い物が味も美味しく片付けも楽で良い。 目立たない程度に背もたれへ深く腰掛け、一息つく。 「夢乃先輩。 もし良ければ俺と昼、取りに行きませんか」 隣のデスクに戻ってきた荒海は、どうやら昼休憩まで武本さんとともに仕事を詰め込み、少し疲れているようだ。 「お疲れ様、荒海。 いや、昼食ならもう済ませてしまった。すまない」 デスクの上に置かれたままのクッキーの箱へ手を伸ばすのを止めて、断りを入れる。 肩を落とし口角を下げ、腕時計を確認する荒海の姿に罪悪感が湧き上がっていく、 「外回りの途中で良さげな店を今度、ぜひ夢乃先輩」 気を取り直した荒海の背後には忍び寄るように現れ上品な笑みを浮かべた桜井が立っている。 そっと窺った桜井の瞳には、暖かな温度がまったく感じられない。 「へぇ、、…それは、それは。 では、そのお店に案内をお願いしますね、荒海くん。 丁度、部長が良いお店を探されていたので助かりますよ」 神経を逆撫でするような上擦った声とともに荒海の肩を掴み、武本さんと上機嫌に話をする部長のもとへ連れ去ってしまった。 ほんのり赤らんでいた部長の頬は、ずんずんと距離を通路を切り開きながら距離を詰めていく桜井と荒海の2人の姿に青白く染まっていく。 そっと部長に手を合わせ、そのまま仲良くオフィスをあとにする4人の姿を尻目に包装を破いたクッキーを齧る。 あぁ、そういえばこのクッキーをいったい、どこで購入したのか桜井に聞こうと考えていたのに忘れていた…、、。

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