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第5話
また出張マッサージを頼んでしまった。
何を考えているんだ俺は。ストーカーみたいじゃないか。
いや、でもこちらからは一切触れることのできない焦らしプレイを数千円でしてもらって、身体も軽くなるなら一石二鳥。出張手当も出ているし、と変態じみた言い訳を自分にしてみる。
扉をノックされて開けると、鼻の頭を赤くした坂元くんが立っていた。
「山崎さん、毎度ありがとうございます」
ズレたところもほほえましく、何の店だと苦笑したくなる挨拶をしながらにこやかに部屋に入ってきた。
冷えた空気をまとっているはずなのに、彼が入ってくるだけで蕾がほころぶ様に部屋の空気が変わる。
準備をしながら坂元くんが口を開く。
「もしよかったら、今日は少し鍼を試してみませんか?僕、本当は鍼治療の方が得意なんです」
「ええと…マッサージじゃなくて鍼?」
「マッサージもしますけど少しだけ鍼を、あ、料金は同じですから心配しないでください」
「鍼…ってあの刺す奴だよね…?」
「そうですね、マッサージより積極的に攻めてみようかと…」
「攻める…」
って、何を攻めるんだ君は。
止まっている俺を見て、いたずら成功、みたいな顔でにっと笑った。
「怖いですか?嫌だったらやらないので大丈夫ですよ」
怖くないわけじゃないけど、そんな楽しそうに聞かれるとやってみたくなる。
「…痛くない?」
「浅いところをゆっくりと刺激してゆくので、安心してください」
青年は笑ったままで、左手の親指と人差し指で輪を作り、その上で右手の人差し指を軽く動かす。
「…じゃあ、お願いしようかな。初めてなので、優しくしてくださいね…」
「はい、もちろん」
俺の冗談が通じているのかいないのか、楽しそうな笑顔で返された。ああ、今の会話を録音して帰って、心が荒んだ時に聞き直したい。
鍼は確かに痛くなかった。
しかもツボに打たれたときに微かに重たい感じがして体が反応しているのが分かる。
枕に顔をうずめながら「う…ん、ずんっとくる」と呻くと、くすくすと笑った後に「響いてるんですね、よかった」と上の方から優しい声がした。
魔法使いから天使に格上げしたい。
1時間の施術の後に、折角だから明日もお願いしたいと伝えたが、
「明日は月に一日の ”治療をしない日” なんです」と申し訳なさそうに言われてしまった。
「そうですか、とてもよかったので残念です」と口では言ったけれど本当は物凄く落胆した。
帰り際、扉のところで
「それでは、ゆっくり休んでください」と言う彼に
「ありがとう、明後日が出張最終日で帰るんです。2日間助かりました」
とお礼を伝えると、坂元くんはちょっと驚いた後何か言おうとためらっているように見えた。
「どうかした?」と聞こうと思ったけど、一緒にいる時間を引き延ばしたくって黙って見ている。
「日中は用事があるんですが、夜、よかったらご飯いかがですか?僕の知ってる美味しいところに行きましょう」
「え?」
思いがけない申し出に声のトーンが上がったのが自分でもわかる。
「それはぜひ、嬉しいな。地元の人のおすすめ、楽しみです」
一も二もなく答える。
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