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第6話

坂元くんはパーカーの上にコートを羽織って待ち合わせの場所に現れた。マッサージに来てくれた時の無難なポロシャツ姿とは大分印象が違う。その力の入ってなさが彼の自然な優しさによく合っている。 連れて行ってくれたのは、彼が中学卒業まで育ったと言う奄美の料理店だった。 紬を着た女将さんは丸顔にくっきりした目鼻立ちがかわいらしい南方系美人で、やっぱり話が止まらない。 「ルイトくん、久しぶりね!元気だった?今日は年上のお友達と一緒だね、よかにせ(いい男)ふたりで歩いてると女の子が放っておかないんじゃない。イケメンとダンディでいれぐいだね」とケラケラ笑う。 当の本人は「いれぐいってなんですか?」とか言っている。 年上と言われたが、それを通り越して親子程離れている。普段自分の年齢を意識する事はあまりないのに、こうやって自覚を促されるんだ。 ルイト、なんて漢字すら思いつかない名前も、いかにも平成生まれっぽい。 「ここの鶏飯(けいはん)食べてもらいたくって、でもまずは黒糖焼酎かな」 「鶏飯はね、鶏を使ってるところが多いんだけどね、うちは軍鶏(シャモ)、平飼いだから肉が締まってるの!噛めば噛むほどおいしいから、しっかり噛んでね。ご飯入れたらあまり時間置かないよ。柔らかくなる前にどんどん食べてね」 話をしながら、手際よく細く裂いた肉を出汁の入った鍋に投入してさっと混ぜる。 「このくらいでよかとな」 お椀によそって、シイタケ、錦糸卵、アサツキに刻みのりを乗せた後「召し上がれ!」と元気に手渡された。 「いただきます」と言うと、すぐに次の客のところに行って楽し気に話している。 そんな女将さんの背を目で追った後、坂元くんに視線を戻す。 「山崎さん、今日はずっと笑顔でしたね」 「え?あれ、俺これまでそんなに笑ってなかった?」 「最初会った時は、顔の筋肉が固まっているのかと思うくらい表情がかたかったですよ」 「うーん、こっちの人と話してるとみんなニコニコしてるから、つられて笑えるようになってるのかな。あとは坂元くんの鍼のおかげだな」 鶏飯をかきこんで、むぐむぐ咀嚼して飲み込んだあと、坂元くんが嬉しそうな顔で言う。 「そう言ってもらえるとすごく嬉しいです…山崎さんは、マッサージの反応がよかったです。触れたところからどんどん緩んでゆくのが分かりました」 こっちは治療してもらっただけなのに、何だか褒められたようで嬉しくなる。 鶏飯を頬張りながら、何気なく質問した。 「若い男性のマッサージ師ってあまりイメージがなかったんだけど、どうしてなろうと思ったの?」 正直、見た目も人当たりもいいから営業のお仕事したら結構稼げるんじゃないか、と余計な事を考える。 少し間が空いた。あ、面接みたいな事聞いて白けちゃったかな。 彼は一旦視線を外して、少し考えた後こっちを見て口元だけで笑った。 そしてそのあと続いた言葉に、聞いた事を後悔した。 「大切な人が、病気になったんです。その時にちょっとでも快適に過ごせれば、って思ってマッサージの勉強を始めたんです。学校を卒業する前に…..その人は死んでしまったんですけど、僕はそのままマッサージ師になったんです」 まさに面接の模範解答の様に短くまとめて、よどみなく答えた。もうそれ以上聞いてくれるなと言うように。 「それは…無神経なこと聞いてしまってごめん…なんと言っていいか」 「大丈夫です、気にしないでください」 ふるふると首を振り、今度は丁寧に作った笑顔を浮かべた。 少しよそよそしくなった空気の中、悲しい事を思い出させた罪悪感を感じながら、そんな風に現在の坂元くんまで規定している"大切な人”を羨ましく思った。

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