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第2話 榊 結人
広沢は調査結果を手に深く嘆息した。
一家の大切な跡目である祥吾の初恋相手の調査結果である。
名前は、『榊 結人《さかき ゆいと》』と判明した。
それはいい、それ以外の判明した彼の事実に、広沢は驚いた。かなり意表外だったからだ。
どうすべきか……冷静に考えねばならない。
期待した祥吾の熱が冷めることは、全くの期待外れに終わっている。冷めるどころか、熱は上がる一方だ。
そろそろ祥吾がアクションを起こすのではとも思っている。
ガツンと断られれば諦めるだろうか……それは無い、そんな玉ではないな。と、自分の主を思う。
祥吾が行動を起こせば迷わず一直線で進む。鬼神祥吾とはそういう男だ。そこを自分は気に入っているし、全力で支えるに足る主だとも思っている。
どうすべきか……目を閉じてしばらく考えたが、良い考えは直ぐに浮かぶことはなかった。
「広沢、見せろよ」
何を? とは聞かずとも分かる。分かるが応えなかった。
「だから! お前が調べたことくらい分かってるぞ。もったいぶらず出せよ」
「知りたいですか?」
手を差し出す祥吾に広沢は苦笑で応じる。直ぐには渡したくないと思う。
「焦らすな! しまいには怒るぞ!」
渋々とういう感じで、『榊 結人の調査ファイル』を祥吾へ手渡す。
奪うように取った祥吾は、貪るように読み進めていく。その表情は真剣だ。そして気迫まで同時に感じるのだ。
その様子、祥吾の顔色を広沢も真剣な眼差しで見つめる。
最後のページまで読み終わった祥吾が顔を上げる。
固く真剣な表情、しかし、しばらくするとフッとその表情を緩めた。
「驚いたな……」
榊結人 東京大学 法学部の三年生。法曹の職に就くため司法試験合格を目指している。
母親が未婚で出産したため父親はいない。認知もされていないため父親が誰かは判明しなかった。
兄弟もいないため、ただ一人の身寄りとも言える母親が昨年病死。以来一人暮らし。
それが、カフェの店員『ゆいと』の調査結果だ。
「東大の学生がなんであんなところでバイトするんだ。普通東大生は家庭教師とかだろ」
「まあ、そういった東大生が多いんでしょうが、かえって気分転換になることもありますしね」
「そうだな、まさか……東大生とはな。バリバリのエリートじゃないか。将来は弁護士だろ」
「そうとは限りません。裁判官とか検事の道もありますから」
「いや、弁護士だ。そうしたら一石二鳥と思わんか。一家の顧問弁護士にできる」
それはそうかもしれないが、東大出の弁護士が極道の顧問弁護士になるとは思えない。世界が違い過ぎる。
ましてや、結人の目指す道が裁判官や検事なら、極道とはそれこそ水と油だ。
近年極道を取り巻く環境の厳しさは増す一方。鬼神一家も伝統は残しつつも、昭和の価値観は捨て去り新しい道を模索し、確実に変わってきた。ために、法に触れるようなことはしない。それは三代目が一番厳しく貫く方針だ。
それでも極道である限り、世間からは反社会的勢力と認識される。
裁判官や検事は、極道の対極にあるとも言える。それが、この調査結果を読んだ後、広沢が嘆息した理由だ。
この立場の違いで結人が祥吾の誘いに応じることは皆無だろう。例え、結人が男を好きなゲイであっても……。
ましてこの調査結果によれば、結人はおそらくゲイではないだろう。断言はできないが多分ノーマル。
祥吾の初めての恋は、おそらく破れる。
何故、よりにもよってこんな属性の男を好きになる。嘆いても始まらないが、嘆いてしまう。
直ぐに諦める男ではないが、何度も袖にされれば、いつかは諦めるだろうか。今はそれを願うしかない。
広沢は半ば諦め、そして投げやり的に思うのだった。
しかし、祥吾の抱いた思いは広沢とは全く違った。
運命を感じたのだ。
結人は己の運命の人。出会うべくして出会った。真っ先にそれを感じた。
今まではあくまでもカフェの客。その分を超えたことはない。しかし、そろそろアプローチを開始しようと考えていた。ゆえに、広沢が調査をしていることは把握していたので、その結果を見てからと思ったのだ。
良かった、これ以上の相手はいない。積極的に猛アプローチをかけて必ず落とす。
祥吾は固く心に誓うのだった。
「父親は不明なんだよな」
「はい、認知されてないので全くわかりません」
「本人は知っているのか……そこはいずれ直接聞くしかないな。しかし天涯孤独とはな……」
この世界片親で育った者は多いし、施設育ちも珍しくない。だが、結人のようなエリート属性で、いわゆる私生児で天涯孤独の身の上は、珍しいのではないか。
「この身の上で東大入るってな、ぐれもせず真っ当に育ったって偉いよな」
「はい、おそらくですが病死した母親は編集者だったようですから、勉強には厳しく育てたのではと。それに判明しなかっただけで父親が陰で何らかの援助はしているかもです」
「なるほどな、全く姿は見えなかったのか」
「かなり探ったのですが分かりませんでした。実際何の交流もないかもしれませんし、あったとしたら、陰で密かにでしょうね」
「その場合は表にできない事情があるってことだろ。うちでもらうのに何の支障もないな」
「えっ!?」
今、うちでもらうって言ったか! 驚きで目を見開く。
「何を驚いているんだ。結人はうちでもらう。鬼神一家の姐にして、顧問弁護士。どうだ、いいだろ」
そう言ってにやりとする祥吾は、ほくそ笑むようでもあり、なにやら不敵な笑みでもある。
まさか、本気で言ってるのか! そんなことができると!
「若っ、もらうって、本気ですか」
「もちろん本気だ。今の時代本人の意思次第。だが、さすがに親がいればそう簡単にはいかない。その親がいないんだ。これは僥倖だ。父親がいたとしても認知もしてないなら口は出せんだろ」
それはそうだが、その肝心の本人の意思が問題だろう。何も知らない幼児をもらうのとは訳が違う。学生と言えど意思のある大人。しかも東大生と言うエリート学生だ。
天涯孤独と言えど、十分日の当たるエリート街道を歩める人。
結婚し子供を望む気持ちもあるだろう。天涯孤独だからこそ、その思いは強いかもしれない。
つまり、どう考えてもこの戦い、戦う前から結果は見えている。広沢はそう思うのだった。
まあいいだろう。当たって砕けろだ。祥吾は未だ若い。今まで順風満帆だったが、挫折を知るのもいいかもしれない。将来一家を背負う長として、人間的に深みが増すこともある。
祥吾が突き進むのを避けられないなら、物事は良い方に解釈するしかない。そう思って、このまま見守ることにした。
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