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第3話 榊 結人
結人がバイトを終えカフェの裏口がら出ると、その結人を待っていた男が近づいてくる。それを目に止めると結人の表情は曇る。
「ゆいと君、待ってたよ。これから付き合ってくれないか」
「困ります、お断りしたはずです」
きっぱり言って立ち去ろうとした結人の腕を、その男は掴んだ。腕を掴まれた結人はさすがに危機感を感じ、振り払おうとしてもみ合いになる。
「お前っ、やめろ! 嫌がってるだろ!」
この日祥吾も結人を食事に誘うと出待ちしていたのだ。待っている時からこの不審な男の姿は認識していたが、目的が分からないのでそのままにしていた。
だから慌てて助けに入った。自分が待っている時で良かった。
「別に何もしてない。ただ付き合って欲しいって言ってるだけだ」
「それを嫌だと言ってるんだろ!」
祥吾の怒りの形相に恐れをなした男は、逃げるように立ち去っていく。
ほっとした結人は、祥吾に頭を下げる。
「ありがとうございました」
「ああ、掴まれたところ大丈夫か?」
結人は、その場所を擦りながら頷いた。少し痛みは残るが大したことはない。
「あの男、今日が初めて?」
「ここで待ってのは初めてです。店のお客さんで、店で誘われて、それで断ったので待ってたのかな。今日は助かりました。本当にありがとうございました」
「君、魅力があるからね。ああいう輩がいると心配だ」
祥吾の言葉に、結人は薄く微笑んだ。
ああっ! その微笑み! だめだ! 無防備過ぎる!
そんな顔を見せるから変な輩に目を付けられるのだ。
全く分かっていないな。早く自分の者にしたい。そして独り占めしたい。そうでなくては心配過ぎる。
だが、それは……今ではない。
「家に帰るんだろ、送るよ」
「大丈夫です。結構近いですし」
「家、知られてないかな」
「大丈夫だと思います。だからここで待っていたかと」
「そうか、そうだな、じゃあ気を付けて」
そう言って片手を上げる祥吾へ、結人はお辞儀をして立ち去っていく。それを見送った祥吾は、近くで待機していた護衛たちに視線で示す。帰宅を見守れとの指示だ。それに従い二人の護衛が結人の後を追った。勿論結人には気づかれないようにだ。そこはプロだ。抜かりない。
「食事に誘うのではなかったのですか?」
残った広沢が質す。
「あの状況で誘えば、なんかぐるのようだろう。仕切り直しだ」
「確かにそうですね。あれで若の印象は良かったと思いますよ」
「そうだ。今日のところはそれで十分だ。焦ることはない。ああ、だが心配だ。結人は自分の魅力に自覚が無いのかもしれん。無防備過ぎるだろ。あんな微笑み、他では禁止したい」
禁止って、彼氏でもないのに……何を言っているのだ。先が思いやられる気分になる。
「明日から護衛を付けろ」
「護衛っ! 結人さんにですか?」
「当たり前だ! 他に誰がいる」
いやいや、護衛って、付き合ってもいない相手、単に言うならば片思いの相手を護衛するのか!?
「お言葉ですが、まだ正式にお付き合いされているわけでもなく……」
「今はな。しかしいずれ俺の恋人になる。そして一家にも大切な存在になる。今日のようなことがあれば心配だ。昼間の大学に行っている時はいいが、カフェでバイトの時は、帰りは夕方から夜になる。何かあってからでは遅い護衛しろ」
言い切った祥吾の言葉。これは鬼神一家の跡目としての命令だ。逆らうことはできない。
「かしこまりました」
困惑しながらも頭を下げる。
広沢は、祥吾の第一の側近だが、同時に会長から命じられたお目付け役でもあった。
お目付け役としては、些細なことでも報告は怠れない。
だがこれまでの経緯を、いまだ一家の会長には報告していない。いずれ熱も冷めるかと自分の胸に留めてきた。
しかし、結人に護衛を付けるとなると報告せねばならない。さすがにそれをせねば、お目付け役は失格なのだ。
――――
「三角さん、お話があるのですが」
三角浩貴《みすみひろたか》会長側近、秘書的立場であり、会長の娘祥吾の姉の夫でもある。ゆえにその立場は重い。
「なんだ若のことか?」
広沢は榊結人の調査書を見せながら、これまでの経緯を簡潔に報告する。会長に話をするには先ず三角に話す。それが不文律としてあるのだ。
静かに聞いていた三角の表情は硬い。広沢が話し終えてもしばらくそのままでいる。どうしたものか考えているようだ。
「そうか……護衛を付けるとは、本気ということだな」
そうなんだよ、だから報告していると思いながら、広沢は三角を見る。
「会長に報告する。お前も来い」
「会長、失礼いたします」
「浩貴か、入れ」
三角に続いて、広沢が会長の私室へ入る。一家の本宅でも中庭の奥にあり幹部であっても足を踏み入れるのは稀な場所。そして必ず三角の取次が無ければ入れない。
「うん……広沢もか、祥吾になんぞあったか」
会長、鬼神東吾《とうご》の開口一番。さすがに勘が鋭い。
「はい、私も今報告を受けたのですが、先ずはこちらをご覧ください」
三角が結人の調査書を会長に手渡す。
「榊結人……」
そう呟くように言った後調査を読み進める。それを三角と広沢は固唾を吞んで見守る。
「で、この男はなんだ?」
読み終わった会長が顔をあげて問う。
「若の……想い人です」
「あーっ! あいつは男色なんか!?」
どすの効いた低い声に、三角と広沢の緊張は高まる。
「それは……どうでしょうか」
「男に惚れたんならそうだろうが。だから今まで女とは続かんかったのか……しかし、東大生なんかとどこで知り合ったんじゃ?」
三角が広沢に視線で促す。
「はい、バイト先のカフェに若が偶然行きましてそこで……まあ、あの……」
「なんじゃ! はっきりせい!」
「はっ、一目惚れしたと」
「一目惚れじゃと! まあ、確かに中々の美男子ではあるが、男だろう……そうか、あれは男が……。で、もう付き合っているのか?」
「それはまだでございます。今から申し込むと。ただ若にとって大切な方なので護衛を付けろと命じられました」
広沢が護衛を付けるに至った経緯を説明する。
「つまり、他の男からももてるのだな。だが未だ手も付けておらんのだろう。申し込んでも袖にされるのではないか。東大生といやあ、真っ当な道のエリートだ。極道と付き合うとは思えんぞ」
二人も神妙な表情で頷く。全く同意だ。
「好きにさせろ。何度も袖にされたらそのうち諦めるだろ」
「誰が諦めるだと!」
祥吾が入って来る。不敵な顔で三人を見下ろす。
「なんだ、お前帰ってたのか」
「ああ、広沢っ! 早速親父に注進か?」
「当たり前だ。広沢はお前の目付け役でもある」
「まあいい。結人はそこにある通りの人間だ。俺の嫁にする。そして鬼神一家の顧問弁護士になる。親父も承知しといてくれ。俺が結人を諦めることは絶対にない!」
祥吾は力強く言い切った。
「ほーっ、ならばお手並み拝見といこうか」
父親の言葉に祥吾は頷いた。
鬼神祥吾の辞書に諦めるという言葉はない。
「会長、よろしいのでしょうか」
祥吾と広沢が去った後、三角が問う。
「ああ、当面高みの見物でいい。この榊結人と言う男に害はないだろう。警察にでも訴えられると厄介だがな。そこは気を付けろ」
東吾は率直に面白いと思った。跡取り息子が男色だったのはさすがに衝撃だったが、相手がよりによって東大生。
一家には提携する弁護士はいるが顧問弁護士はいない。これからの時代それも必要になってくるだろう。もし東大卒の弁護士が顧問弁護士になれば中々力強いのは事実。
男だと子は成せないが、それは追々考えればいい。先ずは我が息子祥吾のお手並み拝見だ。
あいつは、このエリート学生をどう落とす?
鬼神一家の会長、鬼神東吾は不敵に低く笑うのだった。
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