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第4話 心地良さと違和感

「いらっしゃいませ。先日はありがとうございました」 「ああ、あれから大丈夫だった? 付きまとわれてないか?」 「はい、大丈夫です。今日は来てくださって良かったです。実は僕ここのバイト今日までなんで」 「えっ、やめるの?」 「はい、そろそろ勉強に本腰を入れないと、これからが正念場なので」 「そうか、君学生なんだよな、ここで会えなくなるのは淋しいね。今日が最後なら食事に誘いたいな、バイトお疲れさんということだな。終わるころ外で待ってるよ。あっ、嫌なら無理強いはしないよ」  そう言って祥吾は微笑んだ。結人は誘われたことに驚きながら、その微笑みに抗えぬものを感じ、小さく頷いた。  結人の頷きは勿論承諾ということだ。祥吾は結人の運んできたコーヒーを、結人の姿を追いながら少しずつ飲み干した。結人が辞めたらこの店に来ることはない。おそらくこれが最後と思いながら味わった。  俺は諦めないと父親の前で啖呵を切った直ぐ後でこの展開。追い風を感じる。  現状結人との接点はこの店のみ。だから毎日通っているが、バイトは辞めさせたいのが本音。あの男は脅しが効いているようだが、またどんな輩に目を付けられるか分かったもんじゃない。  しかし、今の自分の立場ではそれを請えないが、結人の方から辞めるのだからこれ幸いだ。  同時に誘う口実も出来た。運命は自分に味方している。  会計を済ませて店を出る時に、じゃあ待ってるからというように手を軽く上げると、やはり結人は小さく頷いた。 「広沢、至急店を予約しろ」 「どのような店にしますか?」 「そうだな、初めてだからこじゃれた店か……堅苦しいのはいかんな」 「それでしたらカジュアルにイタリアンとかはどうですか?」 「ああ、そうだな。それで手配してくれ」  広沢は記憶をたどりながら条件に合った店を探す。  一家の跡目である祥吾が利用するには、護衛が容易であること、それが絶対条件。加えて今回は同伴するのが素人の結人。大っぴらにするわけにもいかない。 「それにしても正直驚きました」 「結人がOKしたことか?」 「はい」 「だから運命なんだよ。あいつは俺の者になる」  この自信はどこからくる? そもそもまだ付き合ってもいないのに『結人』と呼び捨てだ。でもなぜか広沢も本当に祥吾が言うように運命のような気がしてくる。  そう思うと少しワクワクした気分になる。心配するよりも楽しんだ方がいいだろう。 「若、こちらの店はどうですか? 個室もありますしよろしいかと」 「ああ、そうだな。そこで予約してくれ」  結人はカフェでの最後の勤務を終える。店のマスターや同僚たちからは、客としても来るようにと笑顔で送り出された。  店を出てきた結人を祥吾は笑顔で迎える。結人もにっこりとして小走りに近づく。 「お待たせしましたか?」 「いや、大丈夫だ」  そう言って祥吾が結人を促し止めている車に近づくと、中から黒服の男が出てきて後ろのドアを開ける。  えーっ! 何これ! 凄い高級車。この人何っ? 運転手付き?  結人の戸惑いをよそに祥吾は、結人に乗るように促す。  結人は戸惑いながら、恐る恐る乗り、座席に座る。内部も広く高級感に溢れている。  結人を乗せた祥吾が反対側のドアから結人の隣に乗り込む。 「イタリアンを予約したんだが良かったか? 君は若いからカジュアルな店の方がいいと思ったんだ」 「あっ、はい。あの……」  なんだ? とういうように祥吾が見る。 「あの、まだ名前を……」 「ははっ、そうだったな。まだ名乗ってなかった。俺は鬼神祥吾という。二十九歳。こういう者だ」  経営する会社の名刺を手渡す。 「社長さんなんですね」 「まあな、本体からしたら子会社みたいなもんだな。本体の方は親父が会長をしている」  なるほど会社の跡取り息子か、結人はそう解釈した。かなり大きな会社なんだろうか? でも大企業のサラリーマン社長より中小企業のオーナー社長の方が収入は多いというし。  それにしても庶民の自分とは世界が違う。高級車だけでもビックリなのに運転手付きとは! しかも助手席の人は店にも来てたと見覚えがある。祥吾の会社の人なのかな……。 「君の名前も教えて欲しいな。結人と呼ばれているのは知っているが」 「榊結人です。二十一歳です」 「神に榊か、なんか縁を感じるな。学生なんだよね、何処の学生?」  名前も全て知っているが、知らないふりで尋ねる。 「東大です。法学部の三年生です」 「へーっ東大! 凄いね。法学部ならば将来は弁護士?」 「司法試験は受けるつもりだけど、弁護士になるかはまだ決めてません」  いや、弁護士一択だ。祥吾はそう思ってほほ笑む。 「結人って呼んでいいかな?」 「あ、はい」 「俺のことも祥吾と呼んで欲しいな」 「じゃあ、祥吾さん」  満足そうに祥吾が微笑む。その笑みに結人はドキッとする。このくらいの距離ならカフェでも経験している。  だけどなぜだろう……密室だからだろうか……少しの息苦しさを結人は感じるのだった。  店に着くと先ずは広沢が降り、続いて祥吾が降りる。結人は自分で降りる? どうするんだ? と思っていると広沢がドアを開けたので車を降りる。やっぱり自分から開けない方がいいんだ。この人ドアマン?

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