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第6話 天涯孤独
「広沢、今度結人と会うのは中野がいいんじゃないか」
「ああ、久枝さんの店ですね」
小料理屋『中野』は一家の組員だった男の未亡人が切り盛りする店。亡夫が抗争で命を落としたこともあり、祥吾も気にかけて度々顔を出している。
お袋の味といった料理が美味いのと、久枝の気取らない人柄で他の組員たちにもよく訪れてる。いわば鬼神一家御用達のような店である。
祥吾を護衛する立場の広沢にとっては、最も護衛しやすく安全な店で言う事はない。
それにしても展開が早いと広沢は驚いている。
あっという間に初デート。そして次の約束も交わしている。もう祥吾の一方通行ではない。
イタリアンレストランの帰り、車中での祥吾の行為は勿論見てはいない。だが、気配で何をしたのかは察せられる。
最初の誘いまでは中々遅々として進まなかったが、一歩踏み出すとそこはさすがだ。男は初めてだが、女相手には散々経験している。その経験値だろう。
「こじゃれた店もいいが普段は気楽な店の方が、結人にとってもいいだろうと思ってな」
「そうですね、中野の料理は結人さんにはいいかもですね」
結人が昨年母親を亡くしたのは調査で分かっている。母親を亡くした結人に久枝の料理と温かい接客でより心をほぐして欲しい。そしてもっと打ち解けて欲しいと祥吾は思っている。
――――
「若、いらっしゃいませ、お久しぶりでございます。お元気そうですね」
「ああ、至って元気だ。女将も元気そうだな」
「おかげ様で、さあ、どうぞお入りになって」
祥吾の後ろに遠慮がちな様子の結人を、久枝はにこやかに迎え入れる。広沢から事前に祥吾が大切な人を連れてくると聞いているので、準備万端整えて待っていたのだ。
「さあさ、こちらにお座り下さいね。年季の入った店ですがどうかおくつろぎくださいませ」
「ああ、ここの女将とは古い付き合いだから遠慮はいらんぞ。結人、先ずは生でいいか。女将、料理は任せる」
「はい、かしこまりました。お嫌いなものとかございますか?」
「大丈夫です。だいたい何でも食べます」
「まあ、それはようございますわ。では、少々お待ちくださいませ」
「イタリアンも良かったが、こういう店もいいだろ。ここは家庭料理的なものが売りなんだ。魚の煮つけ、美味いだろ」
「美味しいですね。たまに食べたくて学食で食べるけど、全然ここのが美味しい」
「一人暮らしなのか?」
「そうです」
「実家は?」
「ないです。って言うか、昨年までは母と暮らしていたけど亡くなったので」
「お袋さんまだ若かっただろうに」
「はい、まだ四十五歳だったので。癌であっという間でした。若いから進行も早かったようです」
「そうか……気の毒な事だったな。で、親父さんは?」
「いません。僕、非嫡出子なんで」
「ああ、お袋さんが未婚で……でも交流とかは無いのか?」
「全くないです。認知もされてないし、だから父親がどこの誰だか知りませんから」
「えっ、知らないのか」
ここまで知っていた事実だが、それは判明していなかった。
「ああ、すまん立ち入った事を聞いたな」
「いいですよ、僕からぺらぺらと話すことはないけど、隠しているわけじゃないので。それよりも祥吾さんの方が引いたんじゃないですか」
「引く? なんで俺が?」
「父親も分からないなんて、まあ、ふしだらな結果出来た子供でしょ。事実、母方の親戚からはそれが理由で断絶状態。事実上の勘当だから」
「そうなのか?」
「はい、僕は祖父母とは生前一度も会ってないです。さすがに葬式には母と参列しましたが、それだけです」
「まあ、古い人間はな。俺には今時そんな古臭い価値観などない。お袋さんも覚悟を持ってお前の事産んだのだろう。お前の事も東大入るまで立派に育てたんだ。ただ、社会人になるのは見届けたかっただろうにな」
「それは僕も、あと三年だったから……」
結人の脳裏に亡き母の姿が浮かぶ。
元の性格なのか、未婚の母になった故か男勝りの人だった。編集者としての仕事が忙しく、淋しい思いもしたが、休みの日は一緒に野球観戦もするなど楽しい思い出も多い。
父親のことは一度も話さなかった。結人もあえて聞かなかった。親は母一人でいいと思ってきた。経済的にも不自由したことはない。多分それは、未婚の母としての意地もあったのだと思う。
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