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第7話 天涯孤独
しばしの結人の沈黙――祥吾も考えている。
益々好都合、やはり運命なのだ。
父親とも、母方親戚とも没交渉。つまり今の結人は、天涯孤独の身の上。鬼神一家でもらうのに何の支障もない。むしろ、孤独な結人に家族を与えてやれるのだ。
「うちも父子家庭だからな」
祥吾の言葉が、沈黙を破る。結人は顔を上げて祥吾を見る。何? という表情。
「お袋はお俺が四歳の時、離婚して家を出て行った。以来うちは父子家庭だよ。姉貴はいるがな」
「そうなんだ、じゃあ三人暮らしだったんですね」
実際は三人以外に住み込みの者たちが大勢いたが、祥吾は頷いた。
「お袋が出て行ってからは、一度も会ってない。親父かお袋の違いはあっても同じようなもんだ」
確かに片親で育ったという意味では同じ。しかし、正嫡かどうかは随分違うと、結人は思うが、あえてそれは指摘しなかった。
「お姉さんはいくつなんですか?」
「三十一だから二個上だな」
「じゃあ、お姉さんが母親代わりみたいな」
「口うるさいだけだな。今は結婚して家は出ている。近いから結構来てはいるがな。五歳の甥も一緒に来るから賑やかだよ」
「へーっ、五歳ならかわいい盛りだね」
「子供は好きか?」
「うーん、どうかな。身近に小さい子がいないからよくわかんないです。でも嫌いとは思わないから、好きなのかな」
「だったら大丈夫だな。今度うちへ遊びに来いよ」
結人は曖昧に笑って確たる返事はしなかった。食事の誘いには応じているが、さすがに家まで遊びに行こうとは思わなかった。
この時の結人の認識は、確かに好きだとは言われたが、祥吾のことは年上の友人だった。恋人だと思っている祥吾との大きな認識違いである。
祥吾もこの時はそれ以上押さなかった。
祥吾の家とはつまり鬼神一家の本宅である。当然結人が来たら、一家の生業が分かる。それはまだ早い。もう少し関係が深まってからだと思うのだった。
「結構食ったな、どうだまだ料理追加するか?」
「ううん、もう十分です」
「じゃあ、締めに握りめしを頼むか? 茶漬けもあるが」
「おにぎりのほうがいいかな」
おにぎりと赤だしを注文する。この店はおにぎりも評判が良く、大抵の客は締めに注文するのだ。
「ほんとだ、おにぎりも美味しいし、赤だしも美味しかった。もうお腹はち切れそう」
「そうか、連れてきて正解だったな。また来よう」
結人は笑顔で頷いた。先日のイタリアンも良かったが、また誘われるならこの店の方が断然いい。気楽だし何より出される料理が全て美味しかったから。
結人の笑顔に、祥吾は気分が爆上がりする。
あーっ、何という笑顔。この笑顔を見るためなら、なんだってするぞ、そういう気分になる。極上の笑顔だ。
久枝の朗らかな笑顔に見送られ店を出ると、車と広沢が待機している。
うわーっ、この人待ってたの? 先日もそうだったけど大変な仕事だな。
未だ広沢をドアマンと認識している結人は、広沢に対していたわりの気持ちを持つ。
同時にそう言った待遇を受けている祥吾は、かなりの御曹司なんだろう。父子家庭って言っても、お手伝いさんとかもいるのだろうと思う。なぜなら祥吾はいつも隙のない着こなしをしている。おしゃれだけでなく、とても身綺麗なのだ。
祥吾の真の生業は知らないが、自分とは世界が違う人、そんな思いはこの時から持っていた。
「次はいつ会える?」
「えっ、もう次の約束?」
「ほんとは毎日会いたいが、結人も勉強があるだろうからな」
毎日って、彼女とか大丈夫なのかな。男が相手でもさすがにやばいよな。
「いや、毎日って彼女とか大丈夫なんですか?」
「はあーっ、そんなもんいないに決まってるだろ」
「でも、祥吾さんもてるでしょ」
「まあ、過去には誘われて付き合ったことはあるが、お前に惚れてからは全くいない。誘われても鬱陶しいだけだ。俺が惚れたのはお前だけだ」
祥吾の表情は真剣だ。さすがに結人も信じないわけにはいかない。しかし、これほどの人が自分に惚れているなど、どうしても疑いが残る。
何故、自分? 祥吾はゲイなのか? でも、女の人とも付き合ってたんだよね……。
「しょ、祥吾さんはゲイなの?」
「ゲイと思ったことはないな。女より男がいいと思ったことはないからな。ただ、初めて惚れたお前が男だった、それだけだ」
どこか納得しきれてない結人。もうそんなことはいい。恋情は理屈じゃないと思う祥吾。
祥吾は結人を引き寄せ口付けを仕掛ける。
当然のことに結人は焦った。ここは車中、前には運転手とドアマン。必死でそれを顔で示す。それに祥吾も気付く。
「大丈夫だ。二人共前を見てる」
はあーっ、そうじゃない! ミラーに写るし、気配で分かるし、今の言葉も聞こえてるよ!
結人は、げしげしと祥吾の背中を叩いて抵抗する。だが、祥吾はびくともしない。
結人の体をがっしりと捕らえた祥吾は、口付け、そして舌も侵入させ、結人の甘い口腔内を存分に愛撫していく。
段々と結人の力が……抜けていく。
溢れる唾液を啜てやり、唇を解放してやる。
こんな口付けは初めて……。
頭の中から全身に、甘い痺れが侵食する。体の力が抜けて、頭の中は真っ白。
結人は蕩けるような涙目で祥吾を見上げる。
「ふっ、可愛いいな」
結人の髪の毛を撫で、頬に手を当てると潤んだ瞳が魅惑的だ。
愛しい、益々離しがたい。このまま連れて帰りたい。
結人の華奢な体を抱きしめながら祥吾は迷う。
結人は抵抗するだろうか……しかし、さすがに性急過ぎるな、祥吾は持てる理性を総動員させて思いとどまる。
車が結人のマンションの前に止まる。
離しがたいが、今日は帰そう。
「俺の気持ちは分かっただろう」
結人は小さく頷く。
「大丈夫? 立てるか?」
足に力が入らない、腰砕けのような状態だ。でも何とか大丈夫。
頑張ってふら付く足で降りようとする結人の手を、祥吾が握る。
「来週また会おう。会えない日は電話する」
結人が頷くと、祥吾はその手を離す。
おぼつかない足取りで結人は、マンションへと入っていった。
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