7 / 12

第7話 天涯孤独

 しばしの結人の沈黙――祥吾も考えている。  益々好都合、やはり運命なのだ。  父親とも、母方親戚とも没交渉。つまり今の結人は、天涯孤独の身の上。鬼神一家でもらうのに何の支障もない。むしろ、孤独な結人に家族を与えてやれるのだ。 「うちも父子家庭だからな」  祥吾の言葉が、沈黙を破る。結人は顔を上げて祥吾を見る。何? という表情。 「お袋はお俺が四歳の時、離婚して家を出て行った。以来うちは父子家庭だよ。姉貴はいるがな」 「そうなんだ、じゃあ三人暮らしだったんですね」  実際は三人以外に住み込みの者たちが大勢いたが、祥吾は頷いた。 「お袋が出て行ってからは、一度も会ってない。親父かお袋の違いはあっても同じようなもんだ」  確かに片親で育ったという意味では同じ。しかし、正嫡かどうかは随分違うと、結人は思うが、あえてそれは指摘しなかった。 「お姉さんはいくつなんですか?」 「三十一だから二個上だな」 「じゃあ、お姉さんが母親代わりみたいな」 「口うるさいだけだな。今は結婚して家は出ている。近いから結構来てはいるがな。五歳の甥も一緒に来るから賑やかだよ」 「へーっ、五歳ならかわいい盛りだね」 「子供は好きか?」 「うーん、どうかな。身近に小さい子がいないからよくわかんないです。でも嫌いとは思わないから、好きなのかな」 「だったら大丈夫だな。今度うちへ遊びに来いよ」  結人は曖昧に笑って確たる返事はしなかった。食事の誘いには応じているが、さすがに家まで遊びに行こうとは思わなかった。  この時の結人の認識は、確かに好きだとは言われたが、祥吾のことは年上の友人だった。恋人だと思っている祥吾との大きな認識違いである。  祥吾もこの時はそれ以上押さなかった。  祥吾の家とはつまり鬼神一家の本宅である。当然結人が来たら、一家の生業が分かる。それはまだ早い。もう少し関係が深まってからだと思うのだった。 「結構食ったな、どうだまだ料理追加するか?」 「ううん、もう十分です」 「じゃあ、締めに握りめしを頼むか? 茶漬けもあるが」 「おにぎりのほうがいいかな」  おにぎりと赤だしを注文する。この店はおにぎりも評判が良く、大抵の客は締めに注文するのだ。 「ほんとだ、おにぎりも美味しいし、赤だしも美味しかった。もうお腹はち切れそう」 「そうか、連れてきて正解だったな。また来よう」  結人は笑顔で頷いた。先日のイタリアンも良かったが、また誘われるならこの店の方が断然いい。気楽だし何より出される料理が全て美味しかったから。  結人の笑顔に、祥吾は気分が爆上がりする。  あーっ、何という笑顔。この笑顔を見るためなら、なんだってするぞ、そういう気分になる。極上の笑顔だ。  久枝の朗らかな笑顔に見送られ店を出ると、車と広沢が待機している。  うわーっ、この人待ってたの? 先日もそうだったけど大変な仕事だな。  未だ広沢をドアマンと認識している結人は、広沢に対していたわりの気持ちを持つ。  同時にそう言った待遇を受けている祥吾は、かなりの御曹司なんだろう。父子家庭って言っても、お手伝いさんとかもいるのだろうと思う。なぜなら祥吾はいつも隙のない着こなしをしている。おしゃれだけでなく、とても身綺麗なのだ。  祥吾の真の生業は知らないが、自分とは世界が違う人、そんな思いはこの時から持っていた。 「次はいつ会える?」 「えっ、もう次の約束?」 「ほんとは毎日会いたいが、結人も勉強があるだろうからな」  毎日って、彼女とか大丈夫なのかな。男が相手でもさすがにやばいよな。 「いや、毎日って彼女とか大丈夫なんですか?」 「はあーっ、そんなもんいないに決まってるだろ」 「でも、祥吾さんもてるでしょ」 「まあ、過去には誘われて付き合ったことはあるが、お前に惚れてからは全くいない。誘われても鬱陶しいだけだ。俺が惚れたのはお前だけだ」  祥吾の表情は真剣だ。さすがに結人も信じないわけにはいかない。しかし、これほどの人が自分に惚れているなど、どうしても疑いが残る。  何故、自分? 祥吾はゲイなのか? でも、女の人とも付き合ってたんだよね……。 「しょ、祥吾さんはゲイなの?」 「ゲイと思ったことはないな。女より男がいいと思ったことはないからな。ただ、初めて惚れたお前が男だった、それだけだ」  どこか納得しきれてない結人。もうそんなことはいい。恋情は理屈じゃないと思う祥吾。  祥吾は結人を引き寄せ口付けを仕掛ける。  当然のことに結人は焦った。ここは車中、前には運転手とドアマン。必死でそれを顔で示す。それに祥吾も気付く。 「大丈夫だ。二人共前を見てる」    はあーっ、そうじゃない! ミラーに写るし、気配で分かるし、今の言葉も聞こえてるよ!  結人は、げしげしと祥吾の背中を叩いて抵抗する。だが、祥吾はびくともしない。    結人の体をがっしりと捕らえた祥吾は、口付け、そして舌も侵入させ、結人の甘い口腔内を存分に愛撫していく。  段々と結人の力が……抜けていく。  溢れる唾液を啜てやり、唇を解放してやる。  こんな口付けは初めて……。  頭の中から全身に、甘い痺れが侵食する。体の力が抜けて、頭の中は真っ白。  結人は蕩けるような涙目で祥吾を見上げる。 「ふっ、可愛いいな」  結人の髪の毛を撫で、頬に手を当てると潤んだ瞳が魅惑的だ。  愛しい、益々離しがたい。このまま連れて帰りたい。    結人の華奢な体を抱きしめながら祥吾は迷う。  結人は抵抗するだろうか……しかし、さすがに性急過ぎるな、祥吾は持てる理性を総動員させて思いとどまる。  車が結人のマンションの前に止まる。  離しがたいが、今日は帰そう。 「俺の気持ちは分かっただろう」  結人は小さく頷く。 「大丈夫? 立てるか?」  足に力が入らない、腰砕けのような状態だ。でも何とか大丈夫。  頑張ってふら付く足で降りようとする結人の手を、祥吾が握る。 「来週また会おう。会えない日は電話する」  結人が頷くと、祥吾はその手を離す。  おぼつかない足取りで結人は、マンションへと入っていった。

ともだちにシェアしよう!