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第14話 可愛い男の子

 玲に手を引かれて移動した部屋は応接セットが置かれている。かと言って完全な洋間ではなく、和の雰囲気のある部屋。  この家全体が重厚な和風建築の家なのだ。  やくざって儲かるんだな、凄い経済力だ。それが結人の感想。庶民の自分には別世界だ。  若い者同士寛ぐって、とてもそんな気にはなれない。  結人は出されたコーヒーとケーキを口にしながらも、味わう気持ちにはなれない。  唯一の救いは玲の存在。玲の可愛いらしさが、今ここに立ち止まっている理由付けになっている。 「おにいちゃん、ここでおとまりする?」 「ううん、しないよ。そろそろ帰らないと」 「えーっ、まだはやいよ。ぼくといっしょにおとまりしよ」  懐いてくれるのは嬉しい。なんで懐かれているのかさっぱりわからないだけど……。  だけど泊るなんて論外。早く帰りたい。 「ごめんね、もう帰らないと」 「あっ、じゃあごはんいっしょにたべよう」  そう言うなり、ぱーっと走り去る。 「なんだ、あいつは……だけど飯、食ってけよ」 「そういうわけにはいかないよ、そろそろ帰るよ」 「なんだよ、今日はもう予定無いんだろ。泊まらなくても飯は食ってけ」  何で妥協案がご飯食べるなんだよ。こんな所で喉に通らないよと、すったもんだ話していると、玲が走って戻ってきた。 「おにいちゃん、にくじゃがすき?」 「肉じゃが? ……好きだよ」 「やったー! きょうはにくじゃがだって! よかったね」  えっ、良かったって、何? と戸惑う結人。  つまり、玲は今晩の献立を聞きに行ったのだ。他にも言われたが、自分の好きな肉じゃがだけは覚えて戻ってきたのだ。 「そうか、肉じゃがだな。ここの厨房は元板前だった男が取り仕切っているから美味いぞ。中野と比べても遜色ない」  結局あれよあれよという間に、結人は夕食も食べて帰ることに決まってしまった。  祥吾は、燁子だけではなく、玲も呼んでおいたのは正解だったと思うのだった。  結人がここで鬼神の生業を知り、衝撃を受けるのは避けられない。それを玲が和らげて欲しい。そう期待したが、期待以上だ。  さすが、我が甥。ちっこいが鬼神の血を受け継いでいるだけはある。  結人は苦笑気味だ。この強引さ、祥吾にそっくりだと思う。血を分けた叔父と甥。  後年、結人は二人の強引さに翻弄されながらも、うまく手綱をとる術を身に付けるが、それはまだ先の話。  結人は、祥吾と燁子、そして片時も離れない玲の四人で夕食をとる。  食べる気しないと思ったが、玲が何かと話しかけるのと、料理の美味しさに結局完食する。 「おっ、食ったな。美味かっただろう?」 「うん、美味しかった、ごちそうさまでした」  確かに元板前さんが作っただけはある。中野の料理と遜色ない美味しさだった。  けれど、元板前って、使用人も凄いな。結人はやくざの経済力に驚く。  「ねっ、おいしかったでしょ。おとまりすると、あしたもたべられるよ」  玲がにこっとしながら言う。さすがにそれで釣られたら、食い意地の張り過ぎだ。 「ごめんね、今日は帰らないといけないんだ」 「えーっ! かえっちゃうの!」  玲が半泣きで訴える。  結人もここまで懐かれると悪い気はしない。けれど、泊まるのは、ここがやくざの本宅でなくても無理だ。 「ごめんね、そろそろ帰るね」 「やだーっ、かえっちゃだめーっ」  玲が本泣きになる。結人の心も痛む。どうしたらいいのか、おろおろする。 「玲、そんなわがまま言っておにいちゃん困らせたら、おにいちゃんもう来ないって言うよ。おりこうさんにバイバイ出来たらまた来てくれるって」  燁子が玲を宥めながら言う。玲はひくひくしながら泣き続けている。 「おにいちゃん、また来てねって、言えるよね」 「うん、ひぐっ……ま、またきてね」  まだひくつきながらも、必死に言葉にする玲。  結人の心は痛む。もうここへ来ることはないと思っているからだ。子供に嘘はつきたくない。  しかし、ここで本当の事は言えない。  ごめんね玲くん。こんな僕に懐いてくれて、それは凄く嬉しかったよ。一緒に食べたご飯も美味しかった。  家族の味を知らない結人にとって、今日は家族みを感じる一時だった。祥吾と二人の食事とは違ったものを感じた。それは良かったと思える。  今日はありがとう……そしてごめんなさい。この言葉が今の結人の全てだった。 「今日はお邪魔しました。夕飯までご馳走になりありがとうございました」 「君が食べてくれて厨房を預かる相川も喜んでおった。また来てくれ、皆で歓迎する」  東吾の言葉に結人は曖昧に頷く。 「玲がまとわりついてごめんなさいね」 「いえ、僕も嬉しかったです。今日はありがとうございました」 「これに懲りずまた来てくださいね。お待ちしていますよ」  やはり結人は曖昧に頷く。  燁子に手を掴まれていた玲が、それを振り払い結人に抱きつく。  結人はかがんで玲の頭を優しく撫でると、玲が結人の胸に抱きつく。 「おにいちゃん、だいすき! おにいちゃんのにおい、すごくいいにおい」  結人の胸がキュンとする。愛しいなあ、可愛いなあと思う。  子供ってこんなに可愛いの? いや、多分こんなに懐いてくれるから可愛いと思うんだろう。 「玲くん、今日はありがとうね。楽しかったよ」 「うん、ぼくもたのしかったよ。おにいちゃん、またきてね」  結人は頷く。玲の言葉に頷きはするが、結人からは『また来るね』とは言えなかった。子供へ嘘をつきたくない結人のせめてもの矜持だった。  結人は、皆に見送られ鬼神一家の本宅を後にする。

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