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第15話 別れを決めて

 自宅マンションに帰ってきた結人は、リビングのソファーに座ると大きくため息をつく。  祥吾の生業は、間違いなく極道だった。  今まで感じた違和感全てが説明つく。ドアマンだと思っていた人も、構成員で、多分若様である祥吾の護衛なんだろう。  何故最初に食事へ行った時気付けなかったのか……せめて深い関係を結ぶ前に気付けばと、悔やまれる。  結人は座ったまま考えるが、良い考えが浮かぶはずはない。ただ時間だけが虚しく過ぎていくのだった。  結人の頭の中に、祥吾の姉の燁子と、甥の玲の顔が浮かぶ。  燁子は優しそうな良い人だった。  玲はとても可愛かった。子供に触れた経験の無い結人には新鮮な触れ合いで、懐いてくれたことには率直に嬉しかったし、子供って可愛いとも思った。  また来てねと誘われた。それが、心に響く。そして辛い……。  極道という生業でも家族は普通の人たちなんだろうとも思う。  厨房を預かる料理人がいるなど、庶民の結人には別世界だが、お金持ちで使用人がいるのと感覚は同じかもしれない。いや、そもそもそこが別世界。余りに世界が違い過ぎる。  極道云々は別にしても、自分と祥吾では、生きる世界が違い過ぎる。  ましてや、極道ならなおさらだ……。  結人は司法試験合格後、司法修習を終えた後の進路はまだ明確には決めていない。先ずは、司法試験に合格することが先決だからだ。しかも、在学中合格が目標、それには今年の夏の試験に合格しなければならない。  初めての挑戦で合格せねばならない。背水の陣でもあるのだ。  司法試験合格の先の進路は、裁判官、検事、弁護士いずれにしても法曹の世界で生きていくことになる。それは自明のこと、そのために司法試験合格を目指しているのだから。  法曹の世界を目指す自分にとって、反社組織との付き合いはご法度だ。  祥吾とは、体を合わせ恋人といえるかもしれない。しかし、男同士、婚約したわけではない。つまり正式な関係は結んでいないし、約束もしていない。  今日は友人として行っただけだ。今ならまだ間に合う。  別れよう。  祥吾は納得してくれるだろうか……。  そうは思えないから辛い。  しかし、あれだけの規模の極道の若様の相手が男なんて認められるとは思えない。  今日歓迎されたのは、あくまで友人としてだろう。つまり、自分たちの関係が恋人同士ならいずれ終わるもの。だったら早い方がいい……祥吾のためにも、そして自分のためにも……。  傷つけあったり、ましてや憎しみあうようなことになる前に……。  結人は、ソファーに座ったまま、別れの結論を出した。  体を起こして時計を見ると、既に日が変わっていた。一体何時間考えていたのだろう……。帰ってきた時間を覚えていないから分からない。  よろよろと立ち上がり、シャワーを浴びてから、ベッドへ倒れこむようにして身を横たえる。  この夜、暖房は効いているはずなのに、心が寒いと感じる夜だった。  翌日結人は、祥吾へメールを送る。  祥吾さん、昨日はありがとうございました。  お父さん、お姉さん、そして玲くんにも僕からのお礼を伝えて下さい。  こんな事メールで伝えることはいけないと思うけど、ごめんなさい。  僕と別れて下さい。僕たちはあまりにも住む世界が違います。  今は小さな齟齬でも、付き合いが深くなるほどにそれは大きくなると思うのです。  今まだ、お互いに穏やかで優しい気持ちでいられます。  そんな気持ちのまま別れるのが、僕たち二人にとって最善だと思うのです。  短い間だったけど、楽しかったです。ご馳走してくれた料理も美味しかった。  ほんとにありがとう、そして、さようなら  結人  祥吾へメールを送信後、結人は祥吾の連絡先全てをブロックして、そのアドレスと電話番号を削除した。  ――――  昨日送っていく車の中で結人は物静かだった。だがいつも車の中の結人は口数が少ない。初めての本宅訪問で疲れもあるのだろう、そんなふうに思っていた。  昨日結人が鬼神の生業を知ったのは確実。それをどう思ったか気にはなるが、次に二人で会った時に聞こう、そう思っていた。  その時に確かに鬼神は、極道ではあるが法に触れることはしていないと説明し、理解を得たいと思っていたのだ。  自分がきちんと説明したら結人は分かってくれると思っていたのだ。  だから、何の構えも無く結人からのメールを見た。  なんだこれは! えっ!  祥吾は先ず自分の目を疑う。何度も見返すが、書いてあることは同じ。目はおかしくない。  次に自分の頭を疑う。ついにぼけたかっ! いやいや早いだろっ! まだ三十代だぞ、還暦過ぎた親父でさえまだしっかりしている。  だけど、どう読んでもこれは結人から別れを告げられている。 「広沢、これ読んでくれ」  祥吾から渡されたスマホを受け取り、メールを読む広沢の顔色が変わる。  広沢も昨日鬼神が極道であることを、結人は確実に気付いただろう。その結人がどう出るだろうかと思ってはいた。  しかし、これほど思い切ったことを、それも昨日の今日。  結人は優しい顔をして物静かな印象だがら、少し驚く。意外とはっきりした性格、内面は強い人なのかもしれない。  それは祥吾の相手として、むしろ好ましい性格だ。しかし、これはない。結人は鬼神一家が公的に招待した人なのだ。  それを一方的に別れを告げられたら、鬼神一家の面目が立たない。祥吾一人の問題ではない。  極道にとって面目が立たない事態は、大きな問題なのだ。 「お前、それどういう意味だと思う?」  どういう意味って聞かなくても分かるだろう。 「俺には、別れを告げられているように思うが……」  誰が読んでもそう思うのが当然。 「そうですね、私にもそう思えます」  やっぱりそうか、俺がぼけてるわけじゃないな。頭はしっかりしている。  いや、今そこに安心している場合じゃない。  祥吾は即座に結人へ電話する。  繋がらない。  メールを送る。  だが、送信できない。 「あいつ、ブロックしてやがる!」 「えっ!」  さすがに広沢も驚く。これほど思い切った手に出るとは……。どうするか……先ずは祥吾の出方。 「若っ……」 「一方的に別れを告げられて、はい、そうですかとはいかんだろう。俺が結人と別れることは絶対にないっ」 「はい、ここで引いたら鬼神一家の跡目の名が廃れます」 「分かっている。結人には鬼神一家の跡目の本気を見せてやる」

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