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第16話 祥吾の反撃

 ブロックされているから、当然連絡の取りようがない。  祥吾は、結人の帰りを待ち伏せすることにする。 「俺とお前で有無を言わせず車に乗せるぞ」  祥吾と結人はかなりの体格差がある。広沢は彰吾よりは小さいが結人よりは大きい、二人で囲い込めば簡単に事が運ぶだろう。 「あっ若、来ましたよ」  結人が歩いてくる。警戒は何もしていないのが分かる。これが堅気の人間だなと広沢は思う。しかも、今日はいつもの車とは違う。結人には見覚えが全くないから二人が乗っているなど全く思ってもいないと分かる。  二人は結人が車を通り過ぎたその時、瞬間的に飛び降り、結人を捉えて車に乗せる。あっという間の早業だ。  結人は驚く間もなく、気付いたら車の中。  なっ、なにっ! そして祥吾と広沢を認識する。 「しょっ、祥吾さんっ、ちょっ、降ろして」  暴れて降りようとする結人を祥吾が抑え込む。 「暴れるなっ、大人しくしろっ、話をするだけだ。って言うか、話ぐらいさせろよ。あまりに一方的だろ」  それを言われれば、結人にも後ろめたさはある。静かになり、車を見渡す。初めての車、だから全く気付かなかった。  結人が大人しくなったので、祥吾は体を離し、並んで座る態勢になる。 「あのメールはなんだ。それにブロックまでして」 「ごめんなさい……あのメールの通り……僕とは別れて下さい」 「俺はお前と別れる気は全くない。絶対に別れない」  そう言われると思ったから、メールしてブロックしたんだ。 「なんで急に別れる気になった? うちが極道だからか?」  その通りだけど、頷くのは戸惑う。 「……極道って言うか、僕とは世界が違い過ぎるんだよ。僕はごく一般の庶民の生活しか知らない。家に使用人や増して料理人がいるなんて別世界過ぎて……」 「生活環境なんてそのうち慣れる」 「僕には、そうは思えない」 「お前はそれで俺と別れて平気なのか? 俺との仲はそんな浅いもんだったのか? 俺はもうお前無しでは生きられんぞ」  祥吾が結人の方を向き、がっしと肩を掴む。真剣な表情。その思いは結人にも伝わる……だから辛い……だから会いたくなかった。  結人の瞳から涙が溢れる。  別れを決めた時からこらえていた涙。  泣いたら別れられない……そう思ったから。けれど、祥吾に見つめられると、こみ上げてくるものを抑えられない。  結人の涙を見た祥吾は驚きの表情に変わる。初めて見た結人の涙。 「えっ! どうしたんだ? いっ、痛いのか? さっき掴んだところか? 見せてみろっ」 「ちっ、違うっ!」  泣きながら結人は祥吾を押す。涙は益々あふれ出る。 「ほっ、他のところか?」  おろおろする祥吾。  若っ、痛いんじゃないよっ! 抱きしめて慰めろよっ! ったくイライラするなっ。  広沢は心の中で祥吾へ悪態をつく。  本人の祥吾よりも、結人の祥吾への気持ちが広沢には分かる。  広沢の心の声が届いたのか、祥吾が結人を抱きしめる。  祥吾には、泣く結人を抱きしめるしかできないから、本能からのものだ。  結人は抵抗せず、祥吾の腕の中で泣き続ける。華奢な体を震わせて……。  しばらく泣き続けると、ようやく結人は落ち着いてきた。  体を重ねた時、口付けた時以上に感じる祥吾の腕の中の温かさに、心が落ち着く。  祥吾は泣き止んだ結人に心底ほっとする。結人の涙は心臓に悪い。実際本気で止まるかと思った。  涙の残る結人のおでこに口付け、涙を指で拭ってやる。 「大丈夫か?」  結人は頷く。 「俺はお前に惚れている。あの店でお前の微笑みを見た時心を鷲掴みにされた。まあ、一目惚れだな。俺はお前がいつも微笑んでいられるならなっだてする。だけど、別れるのだけはだめだ。お前の不安は俺なりに理解して解消してやりたいと思っている。理解が足りたいなら言ってくれ。その都度改める」  結人はやはり頷く。 「取り敢えずだが、俺が経営する会社の事業内容と上半期の決算報告書を持ってきた。これに目を通してくれれば、健全な会社だと分かるはずだ。いずれはお前にうちの稼業や、俺の会社の事は詳しく聞かせないとと思っていた。いい機会だから全て知っておいて欲しい」  結人は祥吾が差し出した報告書を受け取る。 「確かに俺の経営する会社は一家のフロント企業とみなされる。それも親父が、今の時代古いしのぎでは食べてはいけないとの考えで始めたことだ。一般の企業経営と同じだ。極めて健全に経営している。後ろめたいことは何もない」  結人は報告書に目を通しながら祥吾の話を聞いている。 「一家の方も、うちは元々が的屋稼業だから、ばくちや、まして薬には手を出さない。そこは親父が厳しい。手を出したら破門だ。まあ、物静かなお前から見たら荒くれたやつもいるにはいるが、法に触れることは一切ない」  真剣に話す祥吾。結人も頷きながら聞いている。  別れることはできない。その予感はあった。自分自身の気持ちがそうだから。だから、思い切った手段に出るしかなかった。  それを許す祥吾だったら気持ちは楽だった。自分も多分忘れることができただろう。  祥吾は承知しない……そんな祥吾だから自分も惹かれるのだろう。もう、その気持ちを否定できない。 「取り敢えず何か聞きたいことは無いか?」 「うん、今のところは」 「そうか、その報告書はお前が持ってろ。何か疑問があれば何でも聞いてくれ。不安もだ。先ずは話してくれ。とにかく急に別れるとか、それだけは無しだ。いいな」  結人は頷く。それを見て祥吾は安心する。これで別れ話は撤回された。そもそも自分は別れ話など俎上に載せた覚えはないが……。 「結人、飯は食ったのか?」 「うん、学食で食べてきた」 「そうか、じゃあ今日はこのままマンションまで送ろう。ああ、その前にブロック解消しろ」  結人もそのつもりだったが、祥吾は自分の目の前でしないと許さない構えだ。  結人はスマホを取り出し、ブロックを解消する。  見届けた祥吾は、電話し、メールも送信する。 「よしっ、通じたな。二度とするなよ」 「うん、ごめん……」  ぼそっと言う結人の頭を祥吾は優しく撫でる。  ブロックされた時はこの野郎っ! と思ったが、結人のごめんで全てが吹っ飛ぶ。  可愛い、最高に可愛い。こんな可愛いのに別れるなんて無理に決まっている。  車が結人のマンション前に止まる。  祥吾はいつものように、結人が車を降りて中へ入りその姿が見えなくなるまで見届ける。そして安堵の吐息をもらして、発車の指示をだす。  今日は時間にするとほんの短い時間だったが、会えてよかったと、気持ちが凪ぐのを感じるのだった。

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