17 / 23
第17話 結人の願い
祥吾から渡された会社の報告書を手に結人は、深く吐息をつく。
確かに表立ってやましいところはないとは思う。
今の時代、暴対法やらなんやらあって、やくざに対する締め付けは厳しくなる一方だ。
祥吾の言う通り、健全な企業経営に舵を切っているのは本当の事だろうと思う。ただ、経済やくざの言葉はちらつくけど、そんなことはこの報告書では判断できない。
極道、やくざ、暴力団、どの言葉で言っても反社組織ではあるよな……。
今なら別れられると思った。今ならまだ間に合うと。
だけど、手遅れだった……。
結人は大学に入学するまでは、司法試験を目指し、その後の法曹の道は漠然としていた。
裁判官、検事、弁護士のどの道に進むのか、特段希望もなく決めてはいなかったのだ。
大学入学後、段々と現実が分かってきた。恐らくだが、裁判官、検事の道は自分のような非嫡出子の出自には厳しいのではないかと。
ただ、だからと言って完全に弁護士に道を定めた訳ではない。
しかし、祥吾との関係が続くなら、進む道は弁護士しかない。裁判官、検事は論外だ。
自分はそれを決断できるのか。
祥吾の側も、祥吾の気持ちは疑わないが、それが本当に許されるのかは疑問だ。
これだけの規模の会社を経営できる、かなりの規模の組織と思う。それは、あの家の大きさからも分かる。
父親の跡を継ぐということは世襲だろう。その若様の相手が男って、やっぱり無理ではないかと思う。
男同士で子は出来ない。つまり、次の代の問題がある。
祥吾はそこをどう解決するつもりなのか。
結人は自分のことだけではなく、祥吾の立場も考え、一つの考えに至った。
「祥吾さん、話しって言うか、お願いがあるんだけど」
「お願い? お前の願いは別れ話以外ならなんだって聞いてやるぞ」
「僕の受ける司法試験が七月なのは知ってる?」
「ああ、今年は十五日からだろ」
「うん、それまでもう五ヶ月切っているんだけど、僕は絶対に合格したいと思っているんだ」
「ああ、頑張れ、俺も応援している」
「それでね、試験が終わるまで会わないで勉強に集中したいと思っている」
「はあーっ、会わない! 俺とか!?」
祥吾以外誰がいるんだよっと思いながら結人は頷く。
「いやいや、ちょっと待て、会わないってどういうことだ」
「だから、一切会わずに、勉強に集中したいってこと。メールや電話も気が散るからなしで。ブロックする訳じゃないけど、一切断ち切って集中したい。在学中合格するには今年受かるしかない。僕には背水の陣なんだ」
祥吾は半ば呆然としながら、結人の話を聞く。
言っていることは分かる、分かるが一切断ち切るとは、直ぐに飲めることではない。
「そして、その間に祥吾さんも考えて欲しいんだ。ほんとにこの先僕と付き合っていくのかを」
「おれの気持ちは変わらないと言っただろっ」
「うん、だからそれを一度冷静に時間をかけて考えて欲しいんだ。一時の情熱ではなく、持続するものかって。それに、祥吾さん家の跡継ぎで、その相手が男の僕でいいのかってことも祥吾さんだけの問題ではなく、お父さんたちにも関わってくるでしょ。僕のことどう受け止めるのかって。後から、許さないって言われて、もめるのは嫌なんだ」
結人の想いの底が、祥吾にも見えてくる。結人にとって不安でもあるのだろう。
先般の本宅への招待は公のもの。つまり、一家を挙げて歓迎した。祥吾は結人を単に恋人としてではなく、将来の嫁としての招待したのだったが、結人の認識は違う。だから、不安にもなるのだろう。
この認識の違いの責任は自分にある。ならば、それを解消してやるのが自分の責任。
「つまり、時間をかけて俺の気持ちが変わらないってことを証明し、鬼神がお前をどう迎えるかを整えればいいのだな」
「うん、そうだね。僕が勉強に集中する五ヶ月弱、ちょうどいい時間になるんじゃないかと思って」
祥吾にはそれに五ヶ月も必要ないと思うが、結人が勉強する期間に合わせてやるしかないとも思う。
経済学部卒の祥吾でも司法試験の難しさは理解できる。日本で最難関と言われる試験。ましてや在学中に合格するのは大変なことも分かる。
もし今年不合格になれば、来年はもっと大変になるだろう。ならば、いまここで我慢したほうがいいのは、自分のためにもなると現実的な判断にも至る。
「分かった。お前の言う通りにしよう。試験終了の七月十九日まで、結人は勉強に集中。俺はお前への思いを証明するために、鬼神一家へお前を迎えるためのことを整える。そしたらお前は俺の者だ。いいな」
「うん、そうだね」
結人が微笑む。当然、祥吾の胸は鷲掴みにされる。
はあーっ、可愛いなあ、いかんぞこれは……。この微笑みに五ヶ月も遠ざかって俺は耐えられるのか……。
耐えるしかない、結人のために、結人の信頼を得るために……。
「メールも、電話もなしか?」
「うん、全て遮断しないと気が散ると思うから……ごめん……」
「そうだな、下手に接点があると未練が残るかもな……分かった。だけど、ブロックはするな。お前との関係を断ち切るわけじゃない。あくまでも将来へ向けての助走期間だと俺は思っているからな」
「うん、そうだね。それはしない」
祥吾は前向きだ。
会社を立ち上げた時、一から全てが始まった。起業のための資金援助は父の東吾から受けたが、何もない所から今の規模に育てた。逆風もあったが、常に前向きだった。
常に前を向いてる男、それが鬼神祥吾なのだ。
「よしっ、決まったな、お互いに約束だ。じゃあ、七月に再会するまで、取り敢えず最後の飯を食いに行こう」
予約してあった『中野』での夕食。結人は、女将の料理に舌鼓をうつ。
料理が美味しいだけではなく、女将の接客も朗らかで心が凪ぐのを感じる。
帰り際に事情を知らない女将から、「また、お越しくださいませ」と言われ、結人は素直に頷いた。
この店に来ると、お腹と心の両方が満ち足りることを感じる。
五ヶ月後、またこの店に来ることがあるのだろうか……また来たいと結人は思った。
ともだちにシェアしよう!

