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第18話 それぞれの場所で
結人の毎日は家と大学との往復。祥吾へ言った通り勉強漬けの毎日だ。
祥吾の連絡先は、約束通りブロックはしていない。結人自身それをするのは抵抗がある。けれど今は全てを遮断して一心不乱に勉強に励んだ。
同級生で早い者は昨年合格している。何としても今年合格せねばならない。結人は負けず嫌いだ。一見優し気な穏やかな性格に見えるが、内に闘志を秘めている。結人はそんな人なのだ。
法曹の世界は、司法試験を学部生時代に合格したか、そして合格の順位、それが生涯付いてくる。つまり、合格するだけでなく、良い順位での合格も大切だ。
二桁の順位は無理でも、なるべく若い番号での順位を取りたい。
結人は必死だった。
食事中でも参考書を手放さないが、ふと祥吾の顔が浮かんだ。
祥吾さんどうしているかな……ふふっ、こんな僕を見たら、飯の時くらい参考書手放せって言うだろうな。
そう思うと結人はおかしくなって、一人忍び笑いを漏らす。
祥吾との食事は美味しいだけでなく楽しかった。特に『中野』での食事は……。
また行きたいな……そう思いながら残りのカレーを食べ終わる。
大学へ行く日は学食で食べるので栄養バランスも取れているが、行かない日は専らレトルトカレーばかり。味気ないし、栄養的にもどうかと思うが、仕方ない。
結人は、素早く片付けると勉強の世界に戻った。
――――
祥吾は毎日結人のことを思わぬ日はない。常に心の中には結人が大きく存在している。そうして、祥吾も一心不乱に仕事に励んだ。
フロント企業の経営、そして、一家の跡目としての仕事と、祥吾の仕事は多岐にわたる。その全てが順調だった。
結人のことは当然気になる。自分で様子を見に行きたい。例え遠くからでも……。しかし、結人との約束は守らねばならない。信頼を崩すわけにはいかない。
自分では行けないので、広沢に命じて密かに見守らせている。
どうやら家と大学との往復のようで、それ自体は安心している。結人も勉強を頑張っていると思う。
だからこそ、自分も頑張らねばならない。
試験最終日に堂々と結人を自分の者にするため、迎えに行く。祥吾は、固く心に誓っている。
「あの二人はどうなっているのか?」
「はい、榊さんが司法試験の勉強に専念したいとのことで、七月の試験が終わるまで会わないと」
会長の問いに三角が答える。
「ほーっ、五ヶ月もな……祥吾もよく承知したな」
「今年落ちると来年さらに大変だからと、今は我慢と思われたようです」
「司法試験とやらはそんなに難しいんか? 東大生でもか」
「何しろ日本で一番難しい試験と言われていますから。それを在学中に合格するのはかなり大変と。ただ在学中に合格すると弁護士の中でも格が上がるそうです」
「弁護士の世界にも格があるんだな。まあわしらの世界にもあるからな。うちの顧問弁護士の格が高いのは結構なことだな」
「はい、若もそのように思って今は我慢と……」
「最近ここへは帰ってないようだな」
「はい、会社の方が忙しいようですが、今日は、戻られるのでは思います」
会社の仕事が忙しいと近くに所有するマンションで寝泊まりすることも多い。祥吾にとってはホテルで最初に結人を抱いた後、その部屋で何度か関係を持った。結人の香りが残る部屋でもあった。
祥吾はその部屋で、日々心に結人を宿しながら業務に励んでいるのだった。
「おーっ、久しぶりじゃないか」
「久しぶりって、そこまでじゃないだろ」
「お前たち、冷却期間だそうだな」
「冷却って、冷えたわけじゃないんだから、将来への助走期間と言ってくれ」
「前向きなのがお前の取柄だな。で、結人の動向は把握しているのか?」
「それは勿論だ。あいつとの約束があるから表向きにはできないが、密かに護衛を付けて、報告を受けている。毎日家と大学の往復のようだ。あいつらしいと思っている」
「そうか、それでお前もしのぎに励んでいる、そういうことだな。確かに将来へ向けて良い事じゃないか」
東吾の安堵した表情。一家の会長というよりも、ほんの時折見せる父親としての表情。
「実は親父に頼みがあって今日は顔をだした」
「ほーっ、お前がわしに頼みとは珍しいな、わしに借りができてもいいのか」
「嬉しそうに言うなよ。一家にも関りがあるんだぞ」
「で、なんだ」
「結人は、本当に鬼神に迎え入れられるのかを不安に思っているんだ。今回の件も、その不安の解消のための時間でもある。つまり、納得のいく答えを求めているんだ」
「その不安を解消してやるのがお前の役目ではないのか。ちゃんと可愛がってやっているのか」
「はあーっ、当たり前だろっ!」
実のところ東吾にもそれは分かっている。結人の放つ色気は、男に愛された男にしかないものだからだ。受け身を経験した者にしかない独特の色気。
「そうか、それでも解消できない結人の不安とはなんだ」
「男である自分が、俺の相手として迎え入れられるとは思えないと……。跡取りの相手が同性などあり得ない。つまり、親父の許しがでないと思っているんだ」
「まあ、普通に考えたらそうかもな、世間一般ではな。だが、うちはそんな古臭い価値観などないぞ。一家のしのぎも今の時代に合わせて随分変わってきている」
「だからそれを親父から言ってやって欲しいんだ。一家の長としての親父の言葉なら、あいつも信じるし、安心すると思うんだ」
「確かにお前の言う通りだな。わしから話そう。試験が終わってからでいいのか」
「ああ、それまでは会わない約束だからむしろその方がいい」
「分かった、そう腹積もりしておこう」
結人が引っかかっている部分は、実は何の心配もいらない。東吾は、祥吾の相手として結人を認めているからだ。ただ、結人自身それを知らないだけなのだ。
結人が祥吾に課した課題はあっさりと解決しているのだった。
祥吾にとっては、後は七月の試験が終わるのを待つばかりなのだが、実はそれが一番厳しい。
結人が恋しくて、会いたくなるからだ。祥吾にとっては拷問のような日々。
だが祥吾は耐え忍ぶ。試験最終日に結人を迎えに行く、ただそれだけを支えに……。
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