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第24話 向けられた悪意

 鬼神一家は会に入ると、最初は本宅に住み込みで下働きに従事する。そこで働きぶりを認められると、独立し一人暮らし、あるいは家族と暮らすことが許される。  例外は厨房を預かる相川。独身もあって未だに住み込み。しかし、下働きは相部屋だが、彼は個室。厨房だけでなく、内向き全般を取り仕切る立場にいて、鬼神一家の生き字引のような存在である。  その相川が、入って一年足らずの若い衆を𠮟り飛ばしている。 「お前、なんだってそんなことペラペラと話すんだ!」  叱られた若い衆は、頭を下げてかしこまっている。  ちょうどそこへ若頭補佐の保住が通りかかる。相川は強面だが、怒声を浴びせるのは珍しい。 「なんだ、大声で! お前、何やらかしたんだ?」 「ああ、保住、丁度いい。こいつ、川上の組員に、結人さんが東大生って言っちまったんだ」  保住の顔色が変わる。本宅は、一家の公的な場であると共に、会長家族の私的の場でもある。当然プライバシーに関わることを知ることもあるが、守秘義務がある。それは、基本中の基本として徹底されているはずなのだ。相川が怒るのは当然だ。 「なんだってお前! どこまで話したんだ!?」  保住にも詰められ、若い衆は益々震える。今更自分の軽はずみな行為を後悔する。 「あ、あのすみません。地元の先輩が川上組にいるんで、その先輩に結人さんは、東大生で、若の大切な人だって」 「言ったのはそれだけか?」 「はい、他にも聞かれたけど自分は知らないと」 「ちっ、おい! こいつしめとけ! そして、お前は広沢を呼べ」  保住は配下の者にそれぞれ命ずる。 「保住の兄貴、なんかありましたか?」  保住からの緊急の呼び出しに、広沢が慌てた様子でやって来る。 「ああ、川上が結人さんのことを探ってる。下っ端の馬鹿野郎が東大生って言っちまったんだ」  広沢の顔色も変わる。結人のことを川上が探るとは、悪い予感しかない。広沢も里香には悪い感情しか持っていないからだ。 「川上の、お嬢かな」 「ああ、俺もそう思う。若への感情がこじれて、結人さんへ変な嫉妬が向かうかもな。護衛は付いてるが、警戒を強めたほうがいいぞ」 「はい、直ぐに若にも知らせます」  結人の存在は、未だ公にしていないが、いずれは公にする。その時は、今は本人にも極秘で付けているが護衛を、表立って付けて、がっちり守ることになる。  しかし、今はまだ本人にも内密の手前、完璧な護衛は出来ない。その隙を付かれたら……。  広沢が祥吾に伝えようと、祥吾の執務室へ向かうと、当の祥吾が血相変えて出てくる。 「若っ、どうしましたか?」 「あいつ、大学から出てる!」 「えっ、出てるって!?」  今日の結人は二限目からの授業。家を出て大学に入るまでを護衛が見届ける。結人が大学にいる間の護衛は必要ないので、大学をでる夕方、赤門の近くで待機し帰宅を見守る。今日もそれで、いったん護衛は本宅へと戻ってくるのだ。  しかし、その結人が大学を出た。  祥吾は、表向き護衛を付けられない不安から、結人の財布にこっそりGPSを隠し付けている。  最初は忘れ物でも取りに帰るのかと思った。それくらいならわざわざ護衛を戻らせることはない。ところが、向かった先が違う。しかも移動が、明らかに車に乗ってると思われる速さなのだ。  祥吾は直ぐに結人へ電話を掛ける。しかし、電源が切られているのか、反応がない。  おかしい、何があった!?  祥吾が車に乗り込もうとした時、護衛たちが帰ってくる。 「結人が大学を出た! 電話にも出ない。車で連れ去れた恐れがある。直ぐに追うぞ!」  祥吾を乗せた車は急発進する。護衛たちの車も慌てて後を追う。  急がねば! 「この辺は川上の島ですね」  広沢は、これは川上の絡んだことと思い、若い衆の件を祥吾に伝える。 「あのくそ女だろっ! 口の軽い奴は本宅には入れるな」 「はい、他の者たちにも徹底させます」  まさに保住の懸念、そして広沢の不安が現実になった。今一度下働きの人間の厳選をせねばならない。 「そこだ! そこで止まっている」  そこは、個室マッサージ店。川上組が経営する性的マッサージ店。店構えからして、いかがわしさに溢れている。  こんな所に結人が!  祥吾さん、助けて!  結人!  祥吾は店に入るなり、受付付近にいた男たちを殴り倒す。続けて入ってきた広沢たちもそれに続く。殴り倒した男の胸倉を掴む。 「結人がここにいるのは分かってるんだ! どこにいる? 早く言えっ!」    里香の配下大村と福留が、結人を抱こうと押し倒した時、部屋の外の喧騒に気付く。  何事かと思い、体を起こしたと同時に鬼の形相の祥吾がドアをけ破って入って来る。  祥吾は結人に乗りかかった二人を引きずり降ろし殴りつける。二人は祥吾の一発で沈む。 「結人!」  シャツを破られた結人の姿に祥吾の頭は沸騰する。  祥吾は結人を抱きしめる。結人の体は震えている。怖かったのだろう。当たり前だ。   「結人、すまん……俺のせいだ」  結人は小さく顔を横へ振る。 「来てくれた……」 「ああ、お前が助けてと呼んだのが聞こえた」  祥吾は自分のジャケットを結人に着せる。こんな所から一刻も早く連れ出さねばと、結人を抱き上げる。 「古城っ、こいつらの腕、骨折させろ」  配下に命ずると、呆然とする里香には目もくれず部屋を出る。視界に入れるのも不愉快だというように。  祥吾の側近広沢の弟分になる古城は、屈強な体で柔道の有段者。腕の一本くらい折るのは朝飯前だ。  古城は、祥吾が結人と立ち去るのを見届けると、無表情で、大村と福留の腕の骨を折る。里香は恐怖の余り腰を抜かし、ただ震えるばかりだった。

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