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第28話 司法試験合格
十一月十一日 司法試験の合格発表の日。
祥吾は朝からソワソワしている。何も手につかない、ただウロウロと落ち着かない。
今日は何も予定を入れていない。否、結人からの合格の報を受けたらすぐに迎えに行くと決めている。本宅で合格祝いをするためだ。
鬼神一家は朝から合格祝いの準備に忙しく立ち働いている。
結人に話したら「気が早いよ、落ちたらどうするの」と言われたが、落ちることはないと祥吾は思っている。
祥吾の携帯が着信の通知、結人だ! 即座に出る。
「俺だ、どうだった?」
『合格!』
「そうか! 良かった! これで安心だ、ほっとした。おめでとう」
『ありがとう、僕もほっとしたよ』
「今から直ぐに迎えに行く。待ってろ」
「若、合格ですね! おめでとうございます!」
通話を終えた祥吾に広沢が直ぐに声かけ、祥吾は大きく頷く。
側にいた祥吾の側近、広沢には弟分になる古城と伊藤も口々に「おめでとうございます!」と言うと慌ただしく散る。会長はじめ一家の皆に知らせるためだ。
祥吾が慌ただしく車に乗ると直ぐに発進する。気持ちが逸る。会って抱きしめたい。
「さすが結人さんですね」
「ああ、あいつは俺の期待を裏切らない」
「会長もお喜びでしょう。今日の祝いも無駄にならない。良かったです」
広沢は、大丈夫だろうとは思っていたが、不安もあったので、彼も心底ほっとしたのが本音だった。
結人のマンションに着き、呼び出すと直ぐに出てくる。結人の表情も柔らかい。安心したのだろうと分かる。
「おめでとう!」「おめでとうございます!」
「ありがとう!」
「お前なら大丈夫とは思っていたが、これでほっとしたな」
「うん、そうだね。でもお祝いって、なんか照れるっていうか、いいのに」
「そういうわけにはいかん。親父も張り切っているからな。もう俺でも止められん」
結人は本宅でのお祝いなんてと、何度も固辞したが結局押し切られてしまったのだ。しかし、皆からお祝いを言われるくらいだろうと軽く考えていたが、あとから後悔することになる。
いつものように車を降りた結人は、ずらっと並ぶ黒服たちに威圧される。そして皆から一斉に「おめでとうございます!」と言われ体が固まる。
えっ! ちょっ、ちょっとと動揺すると、若頭の久城が近寄り深々と頭を下げる。
「この度はおめでとうございます。心からお喜び申し上げます。会長もお喜びです。奥で待っておりますのでどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
結人はそれだけ言うのが精一杯。そして、いつもは直ぐに抱きついてくる玲の姿を探す。
「うん、どうした?」
「玲くんは?」
「ああ、あいつはまだ来てないな。そのうち来るだろ」
そうか、まだ来てないのか……結人はしょんぼりする。いてくれるとちょっと気持ちが楽になる。早く来て欲しい。って言うか甘く考えていた。なんか大事になっている感じ……帰りたい。
結人の気持ちとは裏腹に、会長の待つ部屋に通される。座卓の前に座っている会長。威圧感半端ない。結人の意はきりりと痛む。
「おめでとう! これで一安心だな」
「ありがとうございます」
「そう固くならんでいい。楽にしてくれ」
そういうわけにはいかない。結人はかちこちに固まっている。すると会長がすっと立ち上がり、結人の側に来ると肩をぽんぽんとする。
「足を崩しなさい」
結人は言われた通り足を崩すと、体も少し楽になり幾分気持ちも楽になる。
「今日は祝いの席を設けた。内輪だけだからかしこまることはない。ゆっくりとくつろいでくれ」
「ありがとうございます」
その時、子供の足音が聞こえる。
「ふふっ、あれも飛んできたな」
会長が呟くのと同時に玲が部屋に入って来ると、結人に抱きついた。
「おにいちゃん! きょうはぼくよりはやくきてたの」
「うん、そうだね」
「もーっ、玲はまたすぐに抱きついて。結人さんおめでとう!」
「ありがとうございます」
「おにいちゃんどうしたの?」
「結人さんは凄く難しい試験に合格したの。偉いんだよ」
「そうなんだ! じゃあぼくも」
玲は結人の頬に口付ける。ちゅっとする子供のキスだが、結人はびっくりする。なんでここでちゅーなんだ?
結人の戸惑いをよそに玲はきらきらした瞳で結人を見つめる。
なんだかこんな小さな子に翻弄されているような……でも、この場ではいてくれると嬉しい。
「お前な誰にキスしてんだ。結人は俺のもんだ。勝手なことするな」
「えーっ、ぼくおにいちゃんだいすきだもん」
さらに抱きつく玲。引きはがそうとする祥吾。叔父と甥の攻防が始まる。
「ふっ、お前たちは結人の取り合いか。まあ、玲が懐くのはいい事だ。将来のためにもな」
この会長の言葉を結人以外の人はしっかりと聞き留めた。
合格の祝い膳は結人の想像を超えていた。こんな大事になるなら断れば良かったと心底後悔するほどに。
「こんな、大事になるなんて……」
「めでたいんだから当たり前だ」
祝い事は派手に豪華に、祥吾にとっては当然の世界。極道の常識といえた。
戸惑う結人は、本日の主役だからと上座に案内される。両隣に祥吾と会長。つまり、二人に挟まれて座る。
近くに燁子と玲が座るが、その先は若頭の久城を筆頭に極道の男たち。
豪華な料理が並ぶが、とても食べる気にならない。絶対に喉を通らない。
「結人、今日はごく内輪の祝いにした。いずれは全員に紹介せねばならんが、一遍にじゃお前さんも混乱するだろうと思ってな。先ずはこの顔ぶれと馴染むといい」
下座にいる祥吾の側近達は見知っているが、若頭とその補佐たちに本部長、鬼神一家の幹部たちはほとんど知らない。
この人たちと馴染む……って僕がここの人間になるって前提? だからこの祝いだよね。それってどういう立場で? 顧問弁護士?
当然鬼神一家はそのつもりだ。東大出の優秀な弁護士が顧問弁護士になるからめでたい。そしてその弁護士は跡目の伴侶にもなる。だから、内輪ではあるが豪華な祝いにせねばならない。
「結人さん、どうぞ」
若頭の久城が結人に酒を注ぎに来たので、結人の思考は中断する。
その後も次々と来て、酒を注ぎ自己紹介を兼ねた話をするので、結人は相手をするのが精一杯。
結人は酒に強くない。ちびちびと飲みながら玲に話しかける。
「玲くんこれ食べた?」
胡桃と柿と春菊の白和えを指す。
「ううん、おいしいの?」
「美味しいし、胡桃食べると頭良くなるよ」
えっ! 結人の言葉に皆が反応する。
「えっ、違いますか? 僕はそう思ってきたけど」
「いやー知らんぞ、初めて聞くな」
祥吾の言葉に皆が頷く。
「そうなの? 亡くなった母がそう言って、お菓子とか料理によく入れて、僕は小さい頃から食べてました」
「そうなの、お母様が。私も初めて聞くけど、結人さん頭が良いから信憑性あるわね。胡桃の効果があったのかも」
「あっ、確かにそういう効果あるって載ってますね」
燁子の後に、広沢がスマホ片手に言う。
「へーっ、そうかほんとうなんだな。おい玲、頭良くなるから胡桃食べろ」
「おじちゃんもね」
「……くくっ……ぷっ、はははっ」
玲の言葉に結人が笑い出す。笑いは止まらず、体を震わせて笑い続ける。
だめだ、ツボにはまった。笑う、おじちゃんもだって。
「何笑ってるんだよ、全く」
笑い続ける結人に、祥吾が苦り切った顔をする。
その日から鬼神一家では、胡桃がブームになるのであった。
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