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第34話 将来への布石
東大の卒業式を迎えた結人。
入学してからの四年を振り返ると激動の四年間だった。
入学式を一緒に出席した母はもうこの世にはいない。あの日の母の嬉しそうな笑顔は忘れられない。次は卒業式と気の早いことも言っていた。しかし、その卒業式に母の姿はなく、一人で迎えることになるとは想像もしなかった。
母と一緒にこの日を迎えられなかったことが、一番悲しいし淋しい。
しかし今は、一緒に卒業を祝ってくれる人がいる。
母が亡くなった後、この人と出会ったことが一番の出来事だった。祥吾と出会ったことで、結人のこれからの人生は大きく変わっていくだろう。
それはもう避けられないし、受け止めようと結人は思っている。
祥吾と別れる以外に、そこから逃れる術はない。それは結人自身一番分かっている。祥吾と別れられない自分を分かっているから……。
「卒業おめでとう」
「ありがとう」
「ほっとしたんじゃないか」
「うん、でも直ぐに修習が始まるから、学生気分は抜けないよ。来年修習が終わると社会人って実感するのかな」
「早速明後日から始まるんだな」
「だから、当分あんまり会えないと思う」
「はあーっ、何言ってんだよ」
「いや、マジだよ。司法修習は本当に大変なんだよ。超詰め込み教育」
「全く……弁護士になるのも楽じゃないな」
「そういうこと。一年の辛抱だからよろしくね」
一年の辛抱、まさに辛抱、試練の一年になるのだが、この時の祥吾はそこまで深刻に考えてはいなかった。
会えないと言っても、時折は食事するくらいの時間は取れると思っていたのだ。
ところが、本当に会えない日々が続いた。
結人は勉強に忙殺されているので、会えない淋しさを感じるまでも無かったが、祥吾は焦れた。
護衛からの報告、GPSでの把握で、結人が修習で忙しいのは事実と分かっている。だから、無理は言えない。あの五ヶ月の再来かと思うのだった。
ただあの時は、会えないだけでなく電話、そしてメールも遮断した。今回それは繋がっている。少しの救いにはなっている。
だが、会いたい。けど、会えない。こうなったらこちらの計画を粛々と進めるのみと祥吾は思う。
来年、結人が修習を終わるまでにするべきことは山積みだ。
離れに新居を建てる。全面的に結人の希望を入れようと思ったが、結人の希望は書斎を作って欲しいの一点だけ。あとは任せられたので、祥吾の好みで進めている。
特に寝室は拘って決める。何と言っても、二人の愛の巣だから、妥協はできない。途中経過は結人にも見せて、気に入ってもらいたいと考えている。
執務室も、結人の机を置くだけでなく、この際改修もすることに決める。できるだけ快適なスペースにしたいからだ。
住まいと仕事場の準備は順調に進んでいる。あとは、儀式の準備。極道にとってこれは欠かせない。
「親父、結人のお披露目だが、予定通り正月にするのか?」
「ああ、それが良かろう。新年の儀式の時に、わしとお前とで皆に紹介し挨拶させるのがいい。そのつもりで今年の正月も来させたからな」
「だとしたら、あいつの正装の準備もいるな」
「ああ、それは出入りの呉服屋に頼むと万事心得て用意するだろう」
「そうだな。そして結婚式と親子固めは、修習後の三月か。親子固めの儀式からそのまま披露目式だな」
正月のお披露目は鬼神一家に対してのもの。つまり内輪だけだが、親子固め後は外部の人間にも披露することになる。と言っても、友好団体だけではあるが。
「籍はどうするんだ? わしとお前のどちらの籍に入れる?」
「俺の籍に入れたい。その方が絆の強さを感じる」
「分かった。そうなると戸籍はわしの孫になるが、あくまでも婚姻の代わりだ。わしの子として親子固めをする。それで良いな」
「ああ、よろしく頼む」
その時、三角の声掛けがあり、燁子が入室してくる。
「ああ、来たな。お前たちが揃ったところで言い置いておくことがある。浩貴もこちらへ来い」
祥吾と燁子はお互いに視線を交わした後、父親を見る。何の話なのか? いつもは入口に控える三角も傍へ呼んだのは……。
「鬼神の四代目は祥吾で、その嫁は結人に決まった。しかし、結人では子は産めん。五代目をどうするか、祥吾は考えているのか?」
「勿論考えてはいる。だが、決定するのは会長である親父だ」
「そうだが、先ずはお前の考えを聞こう」
「俺は玲を考えている。親父には孫だし、俺にとっても血を分けた甥だ。五代目には一番相応しいと思っている」
「妾に産ませることは考えんのか」
「妾なんぞ持たんぞ」
「そうか……。ならば、玲が一番相応しい。玲しかいないだろう。しかし、決まった以上、お前に外で子が出来ても玲の跡目は動かんぞ」
「勿論だ。第一俺は、浮気なんぞする気は無い。結人にも、玲に対しても不誠実だろ」
「分かった。では決定だ。結人が嫁ぎ、落ち着いた後、玲を将来の跡目として本宅に迎える。玲が結人に懐いておるのも幸いだ」
「時期は未定ということか」
「ああ、結人は堅気だからな。どれくらいで極道に馴染むのか。様子を見極めながら決めるが、そう長くはかからんだろう」
「そうだな。で、義兄貴と姉貴は承知なのか?」
ここまで、玲の両親は全く蚊帳の外だ。
「今の話で、玲を本宅に迎えた以上、絶対に跡目が動かないわけだから承知よ。父さんの言う通り、玲は結人さんに懐いているしね」
三角を見ながら燁子が言うと、三角も頷く。両親としては当然の思いだろう。
「本宅に迎えた以上、玲の両親は祥吾と結人になる。お前たちは伯父伯母の立場になる。そこはわきまえないとならんが良いか」
燁子、そして三角も頷く。玲を五代目に、それは二人にとって予想していた事であり、そうなれば当然受け入れる選択肢しかないと思っていた。
肝心の玲の気持ち。あれほど結人に懐いているのだから大丈夫だと思うのだ。
結人が脇目も振らず修習んい励んでいる間に、修習後のその先が決定していく。
後は、結人がお膳立てに乗るだけの状態である。
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