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第36話 弁護士事務所での実務研修
結人の司法修習は、集合研修が終わり、実務研修に入っていた。
結人の場合、最初に裁判所、次に検察庁での研修を終えて、弁護士事務所での研修を残すだけになっていた。
「明日から弁護士事務所での研修だったな」
『うん、そうだよ。二ヶ月間、丁度年内。それで実務研修も終わり。年明けからもう一度集合研修があって、その後、試験があって合格したらいよいよ弁護士だよ』
「ああそうだったな、あと少しだ。頑張れよ、俺もあと少しの辛抱だ」
『辛抱って……。弁護士事務所での研修も時間は不規則だから、あんまり会えないとは思うけど』
「だから辛抱だろ。俺はずーっと我慢してるぞ。声は聞かせろよ」
『うん、分かってるよ』
「結人、愛しているぞ」
『うん』
「お前は」
『うん』
「うんって、はっきり言えよ」
『もーっ! そんなの言えない! じゃあ、またね』
「あっ、あいつ切りやがった! 全く」
結人はいつもそうだ。祥吾が愛していると言うと「うん」と言って頷くが、自分は言わない。照れてるのは分かるが、祥吾としては言言って欲しいし、聞きたい。
しかしそれも一緒に、住むようになったら、自ずと解決するだろうと祥吾は思っている。
結人の修習が始まってから、焦れるほど会えない日々が続いている。それも半分以上過ぎた。
あと少し、年開けて桜が咲く前には、結人は鬼神の人間になる。
今の祥吾にはそれが生きる糧になっている。
――――
結人が実務研修先の『木原法律事務所』に着くと女性の事務職員に応接室へ案内される。
五分ほどで、還暦くらいの男性と、三十位の男性が入って来たので、結人は立ち上がって挨拶する。
「榊結人です。この度は研修を受け入れて頂きありがとうございます。どうぞよろしくお願いいたします」
「ああ、こちらこそよろしく。私が代表の木原浩一だ」
「息子の木原正隆です」
なるほど大先生と若先生だなと結人は思う。二人共穏やかな感じの人で、そこは安心する。
「君には正隆についてもらおうと思ってね。ベテランの先生も考えたが、年の近い方が話も合っていいだろうと」
「はい、よろしくお願いいたします」
「では早速だが、正隆、後は頼んだぞ」
そう言って大先生は出て行き、二人だけ残され、正隆に微笑まれた。
「父も、私も君の大学の先輩だ。可愛い後輩が来てくれて嬉しいと思っている。二ヶ月間と言わずずっとでもいいんだが、よろしくね」
えっ、ずっと? 何? と思ったがその時はそのまま流したのだった。
「榊君は、裁判所と検察の研修は終えているんだよね」
「はい、こちらでの研修が最後になります」
「じゃあ、そっちの説明はいらないな。それは助かるよ。今日は裁判所へ行くんだ」
結人は正隆の後を付いて行く。てきぱきとした仕事ぶりの人で好感をもてた。皆から『若先生』と呼ばれ、事務所の後継者だが、気さくな感じでお高く留まったところも無い。
ただ少し距離の近い人だとの印象は感じた。でもそれは単に親切心からなのだろうと結人は思っていた。
――――
一方の祥吾はやきもきしていた。
「なんで、そんなに若い奴が教育係なんだ」
「そうですね、若いと言っても事務所の跡取りですし、結人さんの大学の先輩でもありますね」
今までの研修での結人の教育係は皆中年過ぎの既婚者だった。しかし、今回は二十九歳の若さで未婚だ。それが祥吾には気になるのだ。
しかも、事務所の跡取り、大学の先輩……これも気になる。もし、こいつが結人を見初めたら、己よりよほど条件が良い。
良いどころじゃない。最適な相手だ。
「とにかく護衛を強化しろ。そしてこいつも探れ。なんで未だに未婚なんだ? これだけのハイスペックで……それも気になる」
ハイスペックで未婚なのは、結人と出会う前の若もだろうと広沢は思う。しかし、その若が結人に一目惚れして虜になったのも事実。つまりは、この男も……とにかく探って気を付けなければとんだ波乱が起こるかもしれない。広沢は気を引き締めるのだった。
そして研修も一ヶ月が過ぎた頃、木原正隆に関して驚く事実が判明した。
「この男ゲイですね。二丁目に出入りしています。特定の恋人の存在は確認できていません」
「はーっ、ゲイ! 恋人がいないってフリーか」
祥吾には最悪の事実だ。ゲイで恋人がいないなら、結人は格好の餌食だ。
「こいつ、結人に手出ししてないよな」
「それは今のところ大丈夫と思います」
「今のところだろ、凄い危険じゃないか」
「まあ、それは。しかし、相手が何かしない以上こちらから動くわけにはいきませんし……勿論護衛は今以上に強化しますが」
「ああ、勿論だ。結人にも注意したほうがいいか。あいつ知らないだろ、こいつがゲイって」
「それを伝えると、この男のことまで探ったと分かるでしょう。そこに結人さんが気を悪くする可能性がありますよ。もう少し様子を見た方がよろしいのでは」
さすがに束縛が過ぎると怒るかもしれない。やきもきするが、残り一ヶ月を切った、無事に終わることを祈ることにする。
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