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陽月と遊園地デート 前編

『陽月と遊園地デート』  ある種、この学園は変わっている。  一般社会から切り離されたような、上流と位置付けられる家柄の子供のみが通う場所。全校生徒の数も多くはなく、一クラス数人で構成されている。陽月の学友も、4人と少数だ。  廊下で会話を楽しむ生徒はおらず、顔を見合わせれば会釈をする程度。もちろん、同じ生業に属しているなら、挨拶くらいは交わすのだが。  春陽が教えてくれる学校の話は、いつも騒がしくて、賑やかで、愚痴も共感も同じ場所に収まっている。  よくもまぁ、そんなに自分の事を語れるものだと思う。もちろん、春陽も自分の事を他人に話しているだろうけれど。  陽月は、あまり自分の話をしない。話すこともないと思うし、春陽のように他人の興味を引く話は出来ないと思う。無論、家の話でもするなら、前のめりに聞きたい奴はいるだろうが。  話したいことよりも、話してはならないことの方が、陽月の人生には多い気がする。味も、色もないような話なら、フルコースで提供可能だと、そう思う。  校内で、陽月の生活圏は大体決まっている。生徒会室か、教室か。ちゃんと昼食を摂る時間があるなら、食堂か。  教室のドアは自身の手で開く。あくまでも、ここは学校であり、主役は学生だ。高等学部ともなれば、皆執事を連れてはいるけれど、大体は鞄持ちか、ただの付き人だ。 「あー陽月、来た来たー!」  顔を見せて、一番に声をかけてきたのは、比良一穂。政界にも報道機関にも顔の効く、比良家の長女だ。女型のαである彼女は、番の歩を学園に連れて来ている。 「陽月も一緒に行かない? 遊園地のナイトパレード」  広告を差し出して、泰河が誘う。陽月の従兄弟にあたる、西園寺家の次男だ。席に着きながら、陽月はそれを受け取った。 「今度、久しぶりにナイトパレードを一新するの。これはそのお披露目。株主だけの特別限定招待だから、混まなくていいよ」  内容を説明してくれたのは、清水咲。泰河の婚約者で、その遊園地を所有する清水家の長女だ。  正直、興味ないな……と陽月は思う。ちらりと広告に視線を落とし、そのまま返そうとした。けれど……。  春陽なら、好きかもしれない……。  陽月は得意ではないけれど、春陽ならこういう賑やかな場所も苦にならないだろう。  ちらりと加谷に視線を向ければ、「大丈夫ですよ」と返事が来た。 「そのお時間なら空いてございます」  何も言わなくとも、察してくれる。  陽月は制服のポケットからスマホを取り出した。クラスメイトにも見せることがほぼ無いプライベート携帯。陽月には不似合いな、可愛くて小さな犬のストラップが揺れる。  迷わず春陽にコールして、あ、と息を飲んだ。時間帯的に迷惑ではないだろうか…?  一日の生活時間は学校ごとに違うだろう。もしかしたら、もう授業中かもしれない。  そんな心配を他所に、数コールで電話は取られた。もしもし、と愛しい人の声が聞こえる。 「ごめん、今、忙しかった?」  陽月が聞くと、ううん、と否定が返ってくる。 『今お昼ごはんだから大丈夫だよ。どうしたの?』 「はるに、聞きたい事があって」  本当は、ずっと声を聞いていたい。けれど、春陽の休み時間を奪いすぎるのも気が引ける。陽月は手短に事情を説明して、春陽を誘った。 『え、それ、俺が行ってもいいの?』 「うん」 『俺、全然関係ないよ?』 「大丈夫。はるが行くなら、俺も行く」  そう答えると、春陽は少しだけ黙った。けれど…… 『俺が一緒に行ってもいいなら、行きたい』  先程より、声のトーンが高い。ああ、喜んでくれた……陽月もそれだけで嬉しくなる。 「じゃあ、行くって返事しておく」   幾分、自分の声も軽やかになったことは気付いていない。視線の先に映る、春陽とお揃いの犬が揺れた。首輪に付けた小さな誕生石が、陽月の心を理解したように、きらりと光を反射する。  電話を切って顔を上げると、そこには驚いたようなクラスメイトの表情があった。思わず「何?」といつもの落ち着いたトーンで聞く。 「……いやちょっと待って! 態度変わり過ぎじゃない!? さっきまで超楽しそうだったじゃん!?」  一穂に指摘されて、陽月はスマホを仕舞いながら小さく息を吐いた。  当然だ。春陽とお前らを同じラインに並べるわけが無い。――そう言いたいけれど、飲み込む。 「さっきの、陽月くんの番さん?」  歩が聞いて来たので、「うん」と返事をする。 「春陽くんだよね? 僕も数回しか会ったことないけど」 「この前、啓佑さんには会った。陽太と一緒に」 「聞いた聞いた。兄さん驚いてたよ。陽太さんにべったりだったって」  それは陽月も否定はしない。ちゃんと起きていたと春陽は言っていたけれど、恐らく陽太のSpaceに、半ば足を踏み入れていただろうから。 「今の話、連れて来てくれるってことだよね? 良かったね、歩。お友達が増えるよ!」  一穂が言って、歩は嬉しそうに頷いた。  一穂も、煩いけれど悪い人柄ではない。歩は、どちらかと言えばおっとりしているので、春陽と合うかもしれない。 「じゃあ、私もちゃんとご挨拶しないとね」  咲が頬に手を寄せながら上品に微笑む。西園寺家に嫁ぐのなら、春陽とは長い付き合いになるだろう。  もちろん、陽月は進んで友人たちに春陽を紹介したいとは思わない。もちろん、春陽が紹介するに値しない、というわけではない。独占欲からか、大切に隠しておきたい……そんな風に思うから。  まぁ、良い機会かな……。  陽月が安心したように気を抜くと、後ろで加谷が微笑んだ気がした。

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