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陽月と遊園地デート 後編
待ち合わせは夕方だった。
春陽は朝からワクワクしていて、午前中だけ学校へ行った。陽月も、同じように昼の時間を終える。
帰宅は春陽の方が早くて、着替えた春陽は、陽月の目の前でくるりと回って見せた。
「どう? 可愛い?」
そう聞いてくるので「うん、可愛いよ」と、もう言い慣れた言葉を口にする。それでも、普段より少しだけ甘さが濃いのは、陽月も今日を楽しみにしていたからだろう。
陽太の見送りを受けて、二人は陽が沈みだした街へと繰り出す。
車内は春陽の声がBGMで、ハンドルを握る加谷は、少しだけ懐かしさを感じた。碧生が春陽の執事に就いてから、春陽も陽月の車に乗ることは極端に減ったから。
「乗り物にも乗れるんだよね!? 何に乗ろうかなぁー」
事前に貰った遊園地のパンフレットを、春陽はうきうきしながら眺める。
「時間はあるし、混まないから、きっと全部乗れるよ」
「本当!?」
「うん」
「ひいはどれに乗りたい?」
そう聞かれて、返答に困った。別段、乗りたいものなんて無かったから。
「……俺は乗らなくてもいいけど……」
「えー? 一緒に乗ろうよ!」
「カメラ係でいいよ」
そう言ったけれど、助手席から返ってきた碧生の声に否定された。
「カメラ係は私が引き受けますよ。お二人で楽しんでいらして下さい」
「……」
「春陽様も楽しみにされてたんですよ? 陽月様と、何に乗ろうかなって」
そうなのか? と春陽に視線を向ければ、気恥ずかしそうにパンフレットで口元を隠した春陽と目が合う。いや? と小さく聞かれて、陽月は首を横に振った。
「はるが乗りたいもの、一緒に乗るよ」
やった、と春陽が嬉しそうに笑った。
車にから降りると、ひやりとした風が頬を掠めた。秋も終わりかけの夜だ。春陽が風邪を引いてしまわないように、陽月は春陽のマフラーを巻きなおす。
寒いね、と春陽は言った。けれど声は全く冷たさを含んでいない。
遊園地の入口まで、春陽の手を引いて行った。陽月を目にした一穂が、おーいと手を振る。春陽は、一瞬ギュッと陽月の手を握り返すと、すっと手を離した。
他人の目を気にしての行動だと、陽月も分かる。けれど、守るものを失った手は行き場を無くして、一時的にコートのポケットに収まった。
「お待たせ」
陽月のトーンが普段より落ち着いていて、春陽は背筋を伸ばした。陽月の知り合いに会うのは初めてだ。悪い印象は残したくない。どうしたら良いんだろう……と考えて、少しだけ口角を上げ、微笑む。
いつも通りの笑顔でいて――以前啓佑に会った際、陽太にそう言われた。上流階級らしい、上品な笑みとは違うかもしれない。けれど、今の春陽にできる精一杯の親しみを込めて。
「紹介する。俺の番の、春陽」
「は、はじめまして! 春陽と申します」
緊張のせいで、勢いよく頭を下げ過ぎてしまう。
……あ……ヤバい…………やっちゃった……。
春陽はそう思って、冷や汗をかいた。それを察して、陽月は優しく春陽に声をかける。
「緊張しなくて大丈夫。商談とかじゃなくて、遊びだから」
おずおずと顔を上げると、陽月のクラスメイトの視線が一度に春陽に集まっていた。居たたまれなくなって、視線を落とす。
「久しぶり。元気だった?」
先に声を上げたのは泰河だ。
「と言っても、久しぶりすぎて逆に覚えてないかな? 西園寺泰河です」
「あ……」
「啓佑さんの弟」
陽月がそう付け足してくれる。そう言われれば、泰河は啓佑によく似ている。
「先日は兄がお世話になりました。楽しかったと、言っていましたよ」
にこ、と微笑まれる。
そんな……と、春陽は返事に困った。自分は何もしていない。ただ、陽太の隣に居ただけだったから。
「陽太には先を越されたなと思ったよ。俺が先にはるを紹介したかった」
茶化すように、陽月は泰河に言った。泰河も驚いたように笑う。
「あははっ、仲良いなぁ。じゃあ、こっちも紹介するね。僕の婚約者の咲」
泰河に紹介された咲は、小さく一歩踏み出して、丁寧に会釈をする。
「清水咲です。よろしくお願いします、春陽さん」
品の良い挨拶に、春陽も慌てて会釈を返す。
「それから、こっちが比良」
陽月の手のひらに導かれるように視線を向けると、きれいな女性が居た。碧生と“同じ”だと、春陽は感じる。
「初めまして。比良一穂です。陽月とは小学校からずっと一緒なんだ。よろしくね」
「あ、よ、よろしくお願いします」
「で、この子は私の番」
「初めまして。一穂の番の歩です」
にこ、と人懐っこい笑顔を向けられて、春陽は少しだけ安心した。歩は、春陽と“一緒”だ。「よろしくお願いします」と、春陽はお辞儀をする。
「……じゃあ、自己紹介も済んだことだし」
「中に入ろうー!」
一穂の言葉に、歩が続く。ふっと気の緩んだ春陽の手を引いて、入場ゲートへと走り出した。
「えっ!? わあっ!」
春陽は、驚いたけれど、すぐに笑顔になった。歩の楽しさが表情から伝わってきたから。お互い、安心出来る番がいるΩだ。数少ない友達の一人になれることは分かる。
陽月にも、それが理解出来た。春陽が纏う空気が軽かったから。
「意外〜」
一穂の声に、陽月は視線を向ける。
「陽月の番だから、めっちゃ物静かだと思ってた」
「……どういう意味だよ?」
「普段の陽月くんみたいに、無口で表情少ないんだろだうなって、思ってたよね?」
ねー、と一穂と咲が顔を見合わせて笑う。
「あれで陽月と双子でしょ? 言わなきゃ信じられないよ」
「泰河まで。…………そんなに違うか?」
もちろん陽月とて、春陽の方が自分よりずっと明るいし、人懐っこいとは思う。けれど、違い過ぎると言われると、多少は傷つく。双子であることは事実なのだから。
「まあ、一番驚くのは陽月の態度だよ」
「?」
「優しすぎて、砂糖みたい」
にしし、と一穂がからかうように言う。煩いなぁ、と陽月は唇を尖らせた。
「おーーい! みんなぁ、何してるのー!?」
なかなか追いついて来ない四人を、大声で歩が呼ぶ。「今行くよ」と一穂が答えて歩き出す。
陽月も、春陽が待つ遊園地の入場ゲートへと足を進めた。
一緒に乗ろう、と春陽は言っていたけれど、蓋を開けばそんな事はなかった。
歩は春陽にとって、初めて同じラインに立つΩの友達なのだ。「次! 次!」と二人がはしゃいで、一穂と咲も同様に楽しんでいる。
陽月はその喧騒について行けず、楽しむ春陽を眺めていた。
「女の子って元気だよねぇ」
陽月と同じく、ノリに遅れた泰河が苦笑をこぼす。正確には、春陽と歩は女の子ではないのだけれど……。
まぁ……似たようなものか。
そう思って、陽月は泰河に同意を返した。
「安心したよ。春陽くんと咲、上手くやってくれそうで」
「それはお互い様」
陽月も、同じ事は思っていた。西園寺家は、長男が国内を、次男が国外を担当している。ともなれば、ゆくゆくは泰河が国外を担当することになるのだろう。それは、陽月も変わらない。
陽太の立ち位置は決まっている。翔が手掛けている国外事業は、いずれ陽月が引き継ぐことになるのだろうと、そう思う。
春陽を残して行くか、しばらく連れて行くか、それはまだ分からない。けれど後者なら、仲の良い友人が居たほうが陽月も安心する。
「奥さん同士の会話って、楽しそうだよね」
「そうか?」
「旦那の愚痴大会とか。あるあるでしょ?」
「……あぁ」
なるほど。と同意を返しそうになって、思い留まる。
「愚痴、あるか……?」
「……無いことないでしょ?」
陽月は思わず黙り込んだ。遊具の煌めく光の中では、春陽が笑っている。
ずっと、そうやって笑っていてほしい。何も心配することもなく、自分の隣で。
けれど、もし春陽が、自分に対して不満を持つ可能性があるのなら……。
「仕事ばっかりで構ってくれない、とか? 寂しいとか、そういうこと?」
それなら有りそう、と思って陽月は言ったのだけれど、泰河は笑った。
「あー、なるほど? 兄さんが言ってたのはこういう意味か……あははっ」
「何が?」
「っく、ふふ……いや、こっちの話……」
今日、春陽くんに会うよ――そう啓佑に話をした際に言われたのだ。「気をつけろよー。すごいぞ“本物”は」と。
どういう意味だろうと気になっていた。だから、陽月たちが車から降りて来た時から、ずっと泰河は二人に注目していたのだ。
碧生が開いた車のドアから、先に降りて来たのは陽月で、次いで降りてきた春陽に、まるでお姫様を扱うように手を添えていた。マフラーを掛け直して、公然の場なのに、当然のようにキスをして。寄り添って、指を絡めて歩く事も、二人にとっては日常なのだろう。
泰河たちの前に着いた際に、手を離したのは春陽の方だった。だから、常識をわきまえているのは春陽の方なのかと思った。陽月は、なぜ? という表情をしていたから。
「いいね、そういうの……最高」
泰河が笑っている訳も分からず、陽月は首を傾げた。
「お客様、お荷物はこちらへどうぞ」
スタッフからそう声を掛けられて、春陽は、え? と首を傾げた。
持ち物など手にしていなかったから、何に対して言われているかわからなかったのだ。
「はる」
陽月の声に視線を向けると、預かるよ、と言われた。
「それ」
陽月が指を差した先にあったのは、ポップコーンのバケツだ。
そういえば、途中で購入したのを忘れていた。斜めにかけていたから、手にしている自覚すらなかった。
春陽は急いでポップコーンバケツを外す。その拍子に、マフラーまでたらりと落ちてしまった。
それも一緒に預けようとすると、陽月はスタッフに声をかける。
「すみません。こちらのマフラーは?」
「マフラーは、遊具に引っかからないようにして頂ければ大丈夫ですよ」
だって、と言いながら、陽月はマフラーを巻き直してくれた。遊具に引っかからないよう、先はコートの中に押し込む。
「ありがとう」
お礼を言うと、行っておいで、と陽月が笑う。
「行ってきます」
春陽は答えて、唇を寄せた。
回りだす遊具を確認して、陽月はスマホを取り出す。せっかくだから、自分でも春陽の写真を残そうと思ったのだ。
けれど、春陽が陽月の目に映ると「ひいー」と名前を呼んで手を振ってくるから、陽月も手を振り返してしまう。そうなると、シャッターチャンスが訪れないのだ。
まぁ、いいか……写真係は碧生が引き受けると、言ってくれたから。
陽月はスマホを仕舞った。写真で残せないのなら、記憶に残せばいい。
遊具が止まると、春陽が降りてくる。
「楽しかったー!」
そう言って、陽月に預けたポップコーンバケツを受け取ろうとする。
「このまま持っておくよ」
「いいの?」
「うん」
陽月はそう言ったけれど、それじゃあ陽月が何も乗れないのでは? と春陽は思う。
そもそも、自分ばかりが楽しんでいて、陽月はまだ何も乗っていないじゃないか。
「やっぱりいいよ。ひいも何か乗りたいでしょ?」
「俺は別に……」
乗れなくても大丈夫――その言葉を切る。少しだけ、春陽がしゅんとしていたから。
「一緒に乗る?」
そう提案すると、春陽がぱあっと顔を輝かせた。
「いいの?」
「うん。……一穂、ちょっと抜ける」
陽月が一穂にそう声をかける。「オッケー」と返事を受けて、陽月は春陽の手を引いた。
「行こう」
「うんっ!」
何に乗ろうかと相談して、コーヒーカップに乗った。メリーゴーランドに、お化け屋敷にも入った。
パレードは、それぞれ好きな場所で見ようという話になり、二人は最前線を避けて、人混みから少し離れた場所に座った。
待っていると、軽快な音楽と共にパレードがやって来る。
きらきらとネオンが輝く車の上で、着ぐるみのキャラクターが曲に合わせて手を振っている。春陽も、つられて手を振り返す。陽月は、そんな春陽を笑って見ていた。
喧騒から離れて、碧生は一人ベンチに腰掛けていた。もちろん、視界にはちゃんと陽月と春陽を捉えながら。
と、目の前に缶コーヒーが差し出された。先を追うと緋津希がいる。
「ん」
「ありがと」
言葉少なに受け取って封を切る。温かなそれが体内を下り、ほっと息を吐くと、白い靄になって宙に溶けた。
賑やかな音と、光の洪水と、寄り添う主のたちの姿……。ささやかな幸せというのは、こういうものでいい。
「お疲れ様」
不意に声を掛けられて、碧生と緋津希はそちらへ視線を向ける。立っていたのは、泰河の執事、久里だ。二人にとっては、従兄弟でありながら、加谷の本家の人間に当たる。
「お疲れ様です」と、緋津希と碧生は声を揃えた。学園で顔を合わせる緋津希と違い、碧生は「お久しぶりです」と続ける。
「久しぶり。瀬野家の正式な執事になったんだってね。おめでとう」
「ありがとうございます」
立ち上がって、頭を下げる。
「てっきり、碧生くんだけでも西園寺に戻ってくるんじゃないかなと思ったけど。完全に翔様に取られちゃったなぁ」
笑いながら久里は言った。もちろん、そこに嫌味はない。
「……で、あちらの方が碧生くんの主?」
春陽の後ろ姿に視線を向けて、久里は聞いた。
「ええ。春陽様……瀬野家の三男で、陽月様の番でいらっしゃいます」
同じように、春陽に穏やかな笑みを向けて碧生は告げる。補足をするように、「陽太様のお相手でもいらっしゃいますよ」と緋津希が続けた。
「聞いたよ。“本物”って、凄いんだってね。……陽太様ともあんな感じ?」
ピッタリと寄り添う陽月と春陽を見て、久里はそうイメージをしたのだろう。実際、陽太と春陽は、あんなにくっついてはいないのだけれど。
「あれはあのお二人だからですよ。陽太様は、ちゃんと距離を取られていらっしゃいます」
「だよねえ? あのお二人はいつも“ああ”なの?」
「そうですね。大体は」
「……よく見ていられるね」
苦笑しながら久里は言う。緋津希と碧生は一瞬だけ視線を交わして「慣れで」と声を揃えた。
パレードも無事に終わり、お土産に遊園地のマスコットキャラクターである、くまのぬいぐるみを買った。
お揃いの、だめ? と春陽がおねだりしてきたので、陽月も同じものを購入した。
尤も、春陽が連れているのは女の子のくまで、陽月が持つのは男の子だ。
「楽しかったー!」
ぬいぐるみを膝に抱いて、春陽は上機嫌で言った。
「また行く?」
陽月が聞き返すと、「また行くヨ!」と、春陽はぬいぐるみの腕をパタパタさせて答える。
陽月は「なにそれ」と苦笑したくなった。けれど、たまには春陽の遊びに付き合うのも悪くはないだろう。
「また行こうネ」
同じように自身のぬいぐるみの腕をパタつかせて答える。まさか陽月が付き合ってくれるとは思わず、春陽は驚いてしまう。
「合わせてくれるなんてびっくりだヨー」
「そっちが始めたんだロ?」
ぱたぱた、ぱたぱた、とお互いのくまの腕が揺れる。あははっ、と春陽は笑った。
「ひい、今日はありがとう。……大好きだヨー!」
ちゅーっ! とぬいぐるみの顔を陽月のぬいぐるみに近付ける。
「俺も、大好きだヨ」
陽月のくまが、春陽のくまからのキスをちゃんと受け取って。そして今度は陽月から、春陽にも唇を寄せた。
――『陽月と遊園地デート』END
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