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第5話 穏やかな人

「う……っ」 全身に走る痛みで目が覚めた。 「大丈夫? 昨日はだいぶ無理をさせてしまったから、起き上がれないかもしれない」 優しく穏やかな声色が頭上から振ってきて、目の前にコップを差し出される。 見上げようとしたら、首まで変に痛くて呻き声を漏らす。 寝違えてしまったのかもしれない。 「すみま、せ……」 僕はそろりとコップへ手を伸ばして、受け取ると同時に声を出したのだが。 喉が掠れて、ゴホゴホ、と咳き込んでしまう。 初めてのことに驚きながら、喉を抑えた。 「声も出しにくそうだね。話すのは、水を飲んで喉を潤してからにしたほうがいいよ」 僕はコクコクと頷いて、挨拶より先に冷たくて美味しい水をゆっくりと口内へ流し込んだ。 水を飲み干したタイミングで手が伸びてきて、コップが回収されていく。 「あ……」 ゆっくり顔をあげて、今度こそその人物を見上げた。 水色がかった長く白い髪に、青い瞳。 ……外国人? だけど、日本語を話している。 「ええと、助けてくださり、ありがとうございました……?」 「助けた?」 「崖から落ちた僕を、保護してくださったのではないですか?」 「いや。昨日は私が自分の部屋に戻ったら、君が私のベッドで寝ていたんだよ」 「そうでしたか……」 ということは、目の前の穏やかそうな人が、僕に乱暴した人なのだろう。 乱暴、というのは違うのかもしれない。 僕の身体は明らかにそれを悦んでいたから、合意といわれても仕方がない。 僕の身体を問答無用で押さえつける彼は昨日はとても怖い人だと思ったのに、明るい部屋で見る彼は全く違う印象だった。 「何か事情がありそうだね。それより昨日は、急なラットで無理矢理君と身体を繋げてしまって、ごめんね。責任はとるから」 「はい、え、いいえ」 どっちつかずの返事をしてしまった僕に、男の人はくすくすと笑う。 うん、やっぱり昨日の人とは別人としか、思えない。 「言い訳にしか聞こえないかもしれないけど、私は『欄外』の人間なんだよ。抑制剤なんて今まで必要としていなかったから、持っていなかった。だから君のヒートに、あてられてしまったんだ」 ラット? らんがい? 抑制剤? ヒート? 男の人の会話の意味が全くわからない僕は、首を傾げる。 あ、やっぱり首、痛い。 「だから昨日のことは、お互い様ということで。ところで、君は誰なのか、どうしてここにいるのか、聞いてもいいかな?」 「あ、はい。ええと僕は……唯弦(イヅル)と申します。失礼ですが、あなたのお名前は……?」 本当の自分の姓を知らない僕は、失礼かもしれないと思いながらも名前だけを名乗る。 僕に良くしてくれた職員さんが付けてくれた名前だけは、捨てようとは思わないから。 僕がおそるおそる尋ねると、相手は目を瞬いた。 「そうか、君は私の名前を知らないんだね。私はエルダー・バンデイラだよ。よろしくね、イヅル」 エルダーさんは僕の手をすっと持ち上げると、甲にキスを落とした。 その行為に、ぴき、と僕は固まる。 昨日のことといい、今のことといい、エルダーさんは同性愛者なのだろうか。 しかしなぜ、こんなに紳士そうな人が赤の他人である僕に、急に襲い掛かったのだろう。 その疑問は、エルダーさんとの対話の中で、徐々に解消されていった。

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