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家族になろうよ(2) 刀視点 性描写有
久しぶりに降り立った東京は、相変わらず人々の熱気が渦巻き、騒々しかった。都心へ出る電車に乗ろうとするだけで、ぶつけられたり睨まれたりして、いつもの何倍も疲れる。外国人も多かった。ここでは誰もが自分こそ世界の中心だと思い込んで、他人を慮ることなどしない。
こんなところに司を放り込んだら、あっという間に飲み込まれてしまうのではないかと心配になる。帰ったら、東京になんか行くなよ、俺のそばにいろよ、と引き留めたくなった。そばにいてくれたら危険な目には遭わせない。刀には何故か根拠のない自信があった。
やっとの思いでホテルにたどり着き、下着姿になってベッドに体を投げ出す。夕方の約束まで、まだ時間があった。親しい友達に会うというのに、刀は自分の部屋へ帰りたくて仕方なかった。思い浮かぶのは司の顔ばかり。
「あいつ、今頃どうしているんだろうか」
メッセージアプリを開く。司のアイコンをタップしてトーク画面を開いた。真正面から撮られた少し照れた顔。母親に撮られたらしい。自分以外にもそんな顔をするなんて、と見るたびに刀は大人げない嫉妬をしてしまう。
東京に着いたぞ、と送信してみた。すぐ既読になり「お疲れ様です。東京はいかがですか」とメッセージが返ってくる。「司がいなくて寂しい」と打ったら何と返ってくるだろうか。理性が止める前に指が勝手に動いてしまう。
これじゃ嫌われちまうなと刀は自己嫌悪に陥る。そのとおり、既読にはなったのに、なかなか返信が来なかった。そのままふて寝しようと、スマホを投げ出して目を閉じた瞬間、着信音が鳴った。
そこには「僕も寂しいです。。。」と書かれていた。司なりに気を使ったんだろう。それでも、この殺伐とした東京で、刀は心に花が咲いたような気がした。例えるならアネモネだろうか。
「畜生、堪らないぜ」
無意識に股間へ右手が伸びる。ブリーフを下ろして自由になったそれは、司を求めてタラタラと涙を流していた。
「すぐに帰るからな。いい子にして待ってろよ!」
刀が絶頂に達するまで、そんなに時間はかからなかった。とめどなく噴き出しては、シャツをたくし上げた胸や腹を汚す。濡れた肌が少しヒリヒリするのは気のせいか。ちょうど良い。どうせ、シャワーを浴びるつもりだったのだ。刀は機嫌よく口笛を吹いて浴室に入った。
※
待ち合わせした居酒屋につくと、すでに他の3人は席について先に飲んでいた。刀を見て、こっちこっちと手招きをする。学生の頃はいつも刀が最初に来て皆を待っていた。あまりの変わりように面食らう。
「まだ5分前だぜ。随分と早いじゃないか」
「社会人は5分前行動が当たり前だからな」
今は会社勤めをしている小川 が当然のようにのたまう。しばらく会わないうちに、髪の毛が薄くなったように見える。他の2人も同意するように頷いた。
刀もビールを注文し、あらためて4人で祝福の乾杯をする。まずは本日の主役、吉見 が質問攻めに遭っていた。学生時代から演劇が大好きで、卒業してからもアマチュアの劇団に所属したと聞いていた。かつて痩せこけていた体は、幸せ太りか幾分ふくよかになっている。
「劇団は辞めたんだ。今はスーパーで働いてる」
そう言って、吉見はしみじみとビールを飲む。いつか舞台を成功させて、自分の名前を轟かすと言っていたのに。刀は思わず「それでいいのか?」と尋ねてしまう。
「彼女と子どもを養っていかなければいけないからね」
横顔は寂しそうだった。ピアノの講師として生計を立てている本庄 は
「それが男の責任というものだからな」
と続けて、吉見の肩を抱く。派手好きだったのに、今日は地味な色合いのジャケットを羽織っていた。
「そういや、熊谷はいつ結婚するんだ?」
突然、小川から質問されて刀は噎せる。今や4人の中で独身なのは刀だけだった。
「まさか、熊谷が最後になるとはな」
「周りから女好きだと言われていたのに」
もし、今の言葉を司が聞いたら何と思うだろう。それは誤解だった。女に興味が無いから気安く接しているうちに、女好きだと噂が立っただけだ。所詮、モテなかった奴らのやっかみに過ぎない。
「付き合っている女はいるのか? まさか右手が恋人だとは言わないよな?」
酒が入っているせいか、本庄はグイグイと迫ってくる。いると言えば嘘になるし、いないというのも何か違う。
「もちろんいるさ」
刀は3人の目を見ないで答えた。
「へぇ。どんな女よ。紹介してくれよ」
3人は好奇の眼差しで見つめてきた。あわよくば自分の愛人にせんばかりの勢いだ。刀は司をどう表現すべきか思案する。
「……そうだな。バーミリオンが似合う奴だ」
「バーミリオン!?」
3人が同時に素っ頓狂な声を上げる。そして、大声で笑い出した。
「な、なんだよ……」
「いや。見た目に似合わずキザだなって思ったんだ」
そう言って、小川は笑い過ぎて零れた涙を拭う。
「よほど、どぎつい女と付き合っているんだな」
本庄も呆れたように呟いた。
こいつら、何も分かっちゃいねぇ。刀は心の中で舌打ちをする。バーミリオンは司の体温や血の色だ。刀を狂わせる毒の色でもある。「どぎつい」の一言で片付けられるほど軽い色ではない。
「で、いつ結婚するんだ?」
吉見の質問に刀は言葉に詰まった。司には未来がある。自分よりも遥かに選択肢の多い素晴らしい未来が。一介の教師に過ぎない自分に縛る権利はどこにも無い。どんなに愛していたとしても。
「なんだ、決まってないのかよ」
本庄は残念そうな顔をする。刀はビールを呷りながら言葉を紡いだ。
「向こうにも都合ってもんがあるし、教師という立場上、生徒や他の教師の手前、大っぴらに付き合えないからな」
「そこを強引にかっさらうのが男じゃねぇか」
吉見の言葉に他の2人も同調する。小川が続けた。
「男は結婚して家庭を持ってこそ一人前だ。校長や理事長だって、早く結婚すればいいと思っているんじゃないか?」
そう言われると耳が痛い。まさに先月、そのような理由で見合いをさせられそうになったばかりだ。まさか、同世代の友達から言われるなんて、刀は思いもしなかった。
「俺はあいつの人生を尊重してやりたいんだよ」
本当は今すぐにでも奪って、自分のものにしたい。けれども、司の人生を変えてしまうほどの価値が自分にあるのか、刀は自信が無かった。
「難しく考えるなよ。子どもができちまったら、そんなこと言ってられないぜ」
吉見が言う。もしも、司との間に子どもができたら、なりふり構わず茨の道に飛び込めたかもしれない。そう考えると、自分はまだまだ強くないのだな、と刀は自己嫌悪に陥った。
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