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ひまわりの約束(1) 司視点
「できたぞ!」
刀の弾む声に、司はキャンバスを覗き込んだ。もう半月も前から、肖像画は刀の部屋で描かれていた。夏休みに入ったというのもあるし、誰が見ても司を描いてると分かるようになったからでもある。狭い部屋の中に絵の具や油の匂いが充満し、噎せ返りそうだった。
「これが……僕?」
そこに描かれていたのは確かに司だった。けれども、その表情は自分が思っているよりも遥かに凛々しく、面映ゆさを感じた。
「もちろん、これが俺の愛している司だ」
刀は自慢げに胸を張る。そして、まだ呆然としている司の唇を奪った。頬が赤く染まる。
「なんだか、僕のようで僕じゃないみたいです」
「こっちからも見てみろよ。驚くぞ」
刀に促されて、司は反対側からも肖像画を見てみる。光の加減なのか、何故かその表情は寂しげに見えた。
「どうして……?」
「絵の具の乗せ方を工夫してみたんだ。ホログラムみたいだろ?」
見る角度で見え方が変わるホログラム。それと同じことを絵でも表現できるなんて。司はあらためて刀の才能に舌を巻いた。
「でもなぁ……」
急に刀の表情が曇る。
「何か足りねぇんだよな。もっと良い絵になりそうなのに」
緑の背景に白いシャツを着た血色の良い司の肖像画。しかも角度によって見え方が変わる凝りようである。司にとっては何の不足も無いように思えた。
「僕はこれで完成してると思います」
「俺には、司を十分に表現できていないような気がするんだ」
刀は難しい顔をする。それでも、司が肩に顎を乗せると、振り向きざまに、もう一度唇を重ねた。
「難しく考えるのは止めよう。明日になれば、何が足りないか分かるかもしれないさ」
二人は後片付けを始める。狭いシンクで絵筆やパレットナイフを洗った。もちろん、お互いの汚れた手も包み込むように洗い合った。石鹸の匂いが鼻腔をくすぐる。
「そういや、もうすぐ司の誕生日だな」
「そうですね。受験勉強でそれどころじゃないですけど」
司は肩を竦める。しかも、当日は学校で三者面談が予定されていた。
「せっかく大人の仲間入りをする日なのに散々だな」
「僕が悪いんですけどね」
8月だというのに、司はまだ進路を決めていなかった。いつまでも真っ白な進路希望調査票を見た担任が痺れを切らして、夏休み中の三者面談という異例の決断を下したのである。
「司。俺のことは考えなくていいからな。行ける大学に決めるんだぞ」
精一杯強がっている刀の顔。司は首を横に振った。
「……僕は先生のそばにいたいです」
その言葉に刀のつぶらな瞳が潤む。そして、縋るように抱きついてきた。
「司。そんなこと言われたら、俺、甘えてしまいそうだよ。本当は司を快く送り出してやらなきゃいけないのに」
初めて「マスカレード」で会った時、司は刀のことを自信にあふれた怖いもの知らずの強い人だと思った。けれども、心を許し合うにつれて、それは己を奮い立たせるための虚勢に過ぎないことに気づいた。本当の刀は繊細でガラス細工のように脆い。
司はそんな刀を守ってあげたいと思った。でも、どうやって? 良い考えが思い浮かばず、抱きしめてあやしながら、途方に暮れるのだった。
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