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ひまわりの約束(2) 司視点

「最悪だ……」 と司は思った。  当初は自分と母親、担任の三者面談になるはずだった。なのに当日の朝、お盆休みだった父親が急に参加すると言い出し、進路指導室に入ると校長までいる。つまり五者面談だ。まるで突破できない包囲網のようで、司は居心地が悪かった。 「弓岡、これだけ皆が心配してくれているんだぞ」  担任が切り出す。 「今のところ進学希望者で進路希望調査票を提出していないのは弓岡だけだ。選びたい放題なのに何が不満なんだ?」  校長が続ける。 「君は我が校の誇りだ。後輩たちの手本にもなっている。全力でサポートするから、期待を背負って頑張ってほしい」  母親が司の背中に触れた。 「校長先生もここまでおっしゃっているのよ。早く進路を決めなさい」  司にとっては、どんなに有難いはずの言葉も素通りしていく。気になるのはただ、刀のことばかりだった。 「そう言えば弓岡は以前、地元の大学に行きたいと言ってたな」  担任の言葉に、すかさず司の父親が 「ダメだぞ、あんな底辺校。合格したって行かせるものか」 と釘を刺す。どうやら、刀の近くで大学に通うのは不可能らしい。 「僕は……大学に行ってまで勉強したいことが無いんです」  それは本当だった。誰もが、公務員になったり、良い会社に勤めたりするために大学へ行くのだろう。けれども、司はまだそんな遠い未来まで思い描けなかった。その場にいた全員がため息をつく。 「弓岡君。こう考えてみよう。今はやりたいことがなくても、将来見つかった時に、学歴や環境という『選べるチケット』を多く持っていた方がいい。ランクを落として近場の大学に行くと、後でやりたいことができた時に、門前払いされるリスクがある。君の成績ならトップの大学を狙えるのだから、その権利を捨てるのはもったいないよ」  やんわりと諭すような口調で校長が言う。誰もが同調して頷いた。 「それに司。おまえはまだ世間を知らない。こんな小さな街にいては井の中の蛙で終わるだけだ。一度、東京に出て広い世界を見た方が良い。私も母さんもそのための準備はしてきたつもりだよ」  司の父親が肩を叩いてくる。母親も 「こんなに恵まれているのに、貴方は簡単に背を向けるつもり?」 と泣きそうな声で迫ってきた。そこへ担任が助け舟を出す。 「弓岡は生徒会長としてルールを厳守するし、規約もきちんと読めるから法学部が向いていると思うけどな。あえて教養学部がある大学を選んで、入学してから専攻を決める方法もあるぞ」  校長は別の提案をした。 「君は理数系も強いらしいじゃないか。ならば、理学部や工学部あたりも良さそうだ」  次々と進学先を提案されて、あとは司が決めるだけ。全員の視線が司に集中する。無言の圧力に今にも押しつぶされそうになった時だった。 「お、いたのか」  甲高い声が進路指導室に響き渡る。司が顔を上げると、入口のところに刀が立っていた。ニヤリと笑みを浮かべて司を見つめている。 「熊谷先生。使用中の札が見えなかったのかね」  校長が苦言を呈する。刀はポリポリと頭を掻きながら 「済みません。うっかり見落としてしまいました」 と謝った。けれども、司の目に映るのは何か企んでいるような顔。絶対、司がここにいることを知っていて、わざと引き戸を開けたのだろう。 「とにかく、今はご家族を交えて面談中なんだ。用があるなら後にしてくれ」  担任に促されて刀は踵を返す。だが、一瞬だけ振り向くと再び司を見据えた。 「弓岡……誕生日おめでとう」  照れ臭そうに鼻を擦ると、司の反応を待たずに進路指導室を出て行く。後に残された者たちは、全員ポカーンと口を開けていた。 「今のは誰なんだ!」  我に返った司の父親が怒鳴り声を上げる。担任は申し訳なさそうに謝った。 「熊谷という美術の先生なんです。ちょっと変わり者でして……」 「汚らしい先生だったわね」  母親も呆れているようだった。 「髭を剃って、身なりを整えるように言ってるのですが……」  担任は、テーブルに付きそうなほど頭を下げている。  司は嬉しかった。騒動になるのを知っていて、わざわざ祝福しに来てくれたのが刀らしい。逃げ場のない進路指導室の中に吹き込む一陣の風のようだった。強張っていた司の表情が緩む。 「熊谷先生には、私からきつく注意をしておこう。生徒を侮辱するなんて程がある」  校長は本気で怒っているようだった。司は思わず立ち上がり 「侮辱なんて……」 と口走る。けれども、周りの大人たちから睨まれて、再び力なく腰かけた。 「いつも、のらりくらりと逃げられてしまうが、今日はとことん追い詰めてやりましょう。だから、私に免じて許してください」  そう言って校長もテーブルに付ける勢いで頭を下げる。司の父親と母親は顔を見合わせて 「校長先生がそこまで言うなら……」 と怒りを収めた。  この後、刀は校長に怒られてしまうのだろう。リスクを冒してまで僕におめでとうと言ってくれたのに。父さん、母さん。僕は熊谷先生を愛しています。僕は熊谷先生のそばにいたいんです。だから大学なんか行きたくありません。そう言えたら、どんなにか気持ちが晴れ晴れとするだろう。司は、そう言えない自分の無力さと臆病さを呪った。  結局、この日の面談は担任や校長、司の父親が勧める大学のパンフレットを山のように抱えて帰る破目になった。遅くても1週間後には進学先を決めなければいけない。二次試験の対策をするためにも、これがタイムリミットだった。  帰り際、司は美術室の方を見た。刀はまだいるのだろうか。せめて一言お礼を言いたい。けれども、それより先に校長が美術室の方へ向かう。止めたいのに体が動かない。両親に言われるがまま、司は階段を下りて校舎を出た。

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