19 / 20

ひまわりの約束(3) 司視点

 家に帰ると、まだ昼過ぎだった。両親と一緒に昼食を摂った司は、私服に着替えて外に出ようとする。それを母親が止めた。 「どこへ行くの? 進路を決めなきゃいけないんでしょ?」 「友達のところだよ」  司は母親の顔を見ないで靴を履いた。 「貴方、最近よく友達のところへ行くわね。どんな友達なの?」 「未来を一緒に考えている友達だよ」  もちろん、頭の中では刀を思い描いていた。 「まさか相川くんじゃないでしょうね?」 「違う。あいつは僕の相手をするほど暇じゃない」  予期せぬ名前が出て、思わず司は噴き出してしまった。それで母親も安心したのだろう。 「夕方までには帰ってきてね。誕生日のディナーを用意するから」  笑顔で大きく頷くと、司は家を出ていった。 ※  通い慣れた刀の部屋。駐車場には車が停まっている。もう帰ってきているのだろう。ポケットからシーサーのマスコットが付いた合鍵を取り出して解錠する。扉を開けるなり、酒の匂いが漂ってきた。 「先生、司です。入りますね」  恐る恐る足を踏み入れると、刀は下着姿で一升瓶を片手に飲んだくれていた。随分と飲んだのだろう。その目は覇気を失くしてトロンとしていた。 「おお、司。会いに来てくれたのか。嬉しいな」  司が隣に腰を下ろすと、刀は凭れかかるように寄り添ってきた。 「お礼を言いたかったんです。おめでとうって言われて、とても嬉しかった」 「そうか、ありがとよ。リスクを冒した甲斐があったってもんだ」  刀が笑顔を見せる。けれども、無理やり作っているのが丸分かりだった。 「……校長に叱られたんだ。生徒の未来を台無しにするのかって」 「そんな……」 「確かにそうかもしれないな。俺は美術の先生で、しがない絵描き。司に干渉する権利なんて、どこにも無いんだよ」  声が震えて、大粒の涙が次々と零れ落ちる。司は思わず、そんな刀を包み込むように抱きしめた。 「ごめんよ。こんなダメな男で……。それでも、司を愛しているんだ」  司の腕の中で刀はわなわなと震えていた。それは悲しいというよりも、何かに怯えているようだった。 「大丈夫。僕ができるだけそばにいられる方法を考えますから」 「無理しなくていいんだぞ。俺なんか構わないで自由になってくれ」  刀が司の腕を解こうとする。司はありったけの力で抱きしめ返した。 「大人になった僕が責任を持って先生を選ぶんです。だから、先生もあきらめないで!」  刀がハッとした表情で司を見る。まるで悪い夢から覚めたかのように。そして苦笑いした。 「そうだよな。何を弱気になっているんだろう。俺、司を信じるよ」  唇が重なる。酒の匂いが広がり、司の鼻から抜けていった。 「どうだ、初めての酒の味は?」  刀はニヤリと笑う。司も笑ってみせた。 「お酒は20歳からですよ」 「そうだったな。本当に俺は不良教師だ。でも、司がいるなら怖くないぞ」  刀が握りこぶしを作ってみせる。いつもの強気が戻ってきて、司は少し安心した。けれども、本当にどうすればいいのか何にも思い浮かばない。  その時、刀が描いた司の肖像画が視界に入った。先生はこんなに素晴らしい絵を描けるのに、誰もそれを知らない。僕に力があれば、世に知らしめるのに……。 「先生、絵ってどうやって世に送り出すのですか?」 「コンテストに応募したり、画商に売り込みをかけたりするんだ。入賞するのも画商に気に入られるのも難しいけどな。俺なんかさっぱりだったよ」  そう言って刀はお手上げのポーズをする。司は未来へのヒントが見つかったような気がした。 「先生。僕は目指す道が決まりました。必ず先生を幸せにしますからね!」 「お、おぅ。どうしたんだ、急に」 「見つかったんです。先生とずっと一緒にいられる方法が」 ※  司は自分の部屋でノートパソコンを開いていた。傍らに置かれたメモには、目標にたどり着くためのステップが次々と書き加えられている。そして、学校でもらったパンフレットに細かく目を通しながら、進学先を絞り込んでいった。 「ここだ……ここなら僕の目標を全部叶えてくれる」  教養学部があって、後に経営学部か文学部か専攻を決められる。場所も刀の部屋や自分の家に日帰りできるくらいの距離だった。東京ではないが、偏差値も申し分ない。誰も文句は言わないだろう。  少しずつ未来の自分が浮かび上がってくる。もちろん、刀も大事なピースの一つだ。絵の知識や美しさを教えてくれる人。そして、僕の人生を託す人。  真っ白だった進路希望調査票が司の文字で埋まった頃、階下から 「ご飯できたわよ」 と母親の呼ぶ声が聞こえた。きっと、進学先を決めたと言ったら両親は驚くだろう。東京でないのは残念がるかもしれないが、自分の決めた人生なのだ。文句は言わせない。  元気よく返事をして、司は進路希望調査票とパンフレットを携えて階段を下りた。

ともだちにシェアしよう!