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ひまわりの約束(4) 司視点
その日は生憎の曇り空で、少し肌寒かった。暑がりの刀は黒のタンクトップを着ていたが、司は長袖の白いシャツを着ている。
「せっかくのドライブなのにな」
刀のぼやきが開け放った窓から流れてゆく。司が提案した初めてのデート。車は2時間ほど離れたところにあるひまわり畑に向かっていた。
「本当に大丈夫なのか? 父さんや母さんに怒られないか?」
これまでは両親の目を気にして実現しなかった遠出。けれども、今の司は大人だ。何が起きても自分で責任を取る覚悟はできている。
「まったく、頼もしいな。惚れ直してしまいそうだぜ」
助手席に座る司の右手は、シフトレバーで刀の左手に包み込まれている。こうして繋がりながら他愛のない言葉を交わせるのが嬉しかった。
天気のせいか、ひまわり畑にはあまり人がいなかった。同級生や他の先生に見られたらどうしようかと言い訳を考えていたが、その必要は無かったらしい。誰も見ていないのをいいことに、司は自分から刀の手を引いて足を踏み入れる。
「先生、こっちですよ」
中は迷路のようになっていて、背の高いひまわりに阻まれて先が見えない。行き止まりに来るたびに、二人は顔を見合わせ、どちらからともなく唇を重ねた。時には二人で肩を寄せ合って写真を撮る。司が気を遣って身を屈めようとすると
「俺は5cmなんて気にしないぜ!」
と刀に笑い飛ばされた。
どれくらい時間をかけて彷徨ったのか、ようやく外に出られると聞き覚えのある声が呼びかけてきた。
「よぅ、ホモ野郎ども。仲良くデートか」
恐る恐る振り向くと、そこには相川がいた。隣には華奢で色白で髪をブリーチした同世代くらいの女性が立っている。
「なんだ、相川もデートか」
あっさりとした司の言葉に相川は目を丸くする。すぐに気を取り直すと
「ああ、俺たち結婚するんだ」
と思いがけない言葉を口にした。
「何! 結婚だと?」
刀は驚きを露わにする。
「できちゃったんだよね」
そう言って、相川はお腹が大きくなった身振りをする。
「だから学校には退学届を出してきた。働いて食わせていかなきゃいけないからな」
「俺は聞いてないぞ!」
刀が憤慨する。本当に初耳だったのだろう。
「ということで、学校では言いふらせないから安心しろ。たっぷりデートを楽しんでくれ」
相川は女性をエスコートして行ってしまった。庇うような仕草から愛情が伝わってきて、司はほっこりとする。一方で刀は残念がっているようだった。
「俺はあいつを卒業させたかったのにな」
「相川が決めた道ですよ。祝福してあげましょうよ」
司が刀の肩に優しく手を置く。刀が潤んだ眼差しで振り返った。
「ああ、そういうの我慢できなくなるだろ」
司の手首を掴んで、再びひまわり畑の中へ入ろうとする。
「ど、どうしたのですか」
「決まってるだろ。もう一回、司と口づけするんだ」
刀は照れを隠すようにずかずかと歩いてゆく。引きずられるようについて行きながら、司はクスッと笑った。誰もいない行き止まりで、何度目かの口づけを交わす。
「司はずっと俺のそばにいてくれるんだな。嬉しいぞ」
教師という仕事柄、生徒との別れは必然なのだろう。その中で司という永遠を見つけて、刀は感慨深そうだった。
「これからは僕が先生の世話をしますからね」
司が選んだ画商という未来。決して容易い道ではないけれど、刀のためなら乗り越えられそうな気がした。
「……そうだ。あの肖像画に足りないのはこの色だ」
思い出したように、刀は司をひまわりの前に立たせる。指でフレームを作って、何か測っているようだった。
「情熱的なカドミウム・イエロー。今の司を表すのにピッタリだ」
司は目を閉じて、あの肖像画にひまわりの色が加わるのを思い描いてみる。きっと刀の画力で素晴らしい出来栄えになるだろう。
「それなら、早く帰って続きを描かなければいけないですね」
「でも、もう一度だけ……」
刀が背伸びして司に口づける。少し長めの口づけ。いつまでも離れない二人を覆い隠しながら、ひまわりたちが優しく見守っているような気がした。
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