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二人のグラデーション 戦いの火蓋(2) 刀視点 | 石月 主計の小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
二人のグラデーション
戦いの火蓋(2) 刀視点
作者:
石月 主計
ビューワー設定
22 / 41
戦いの火蓋(2) 刀視点
佐伯
(
さえき
)
攻
(
おさむ
)
。それが男の名前だった。産休を取った男性の体育教師の代わりとして、臨時で赴任したらしい。期間は2学期だけの4ヶ月。それでもすでに生徒の心は掴んだようで、体育館で行われた全校集会で登壇するなり、拍手喝采を受ける。刀は露骨に不貞腐れて、投げやりな拍手を送った。 別に自分が人気者になりたいわけではない。ただ、何かが気に入らなかった。シトロエンで乗りつけてきたのもそうだし、爽やかな笑顔や口ぶり、隙の無い身のこなしに至るまで、すべてが完璧過ぎた。おそらく着ているものも、刀の給料では到底届かないブランドものだろう。質感の良さが、安物しか知らない刀の目でも分かる。 唯一のアドバンテージは、司が佐伯に心を奪われていないことだった。生徒会長として教師たちと並んだ司は、壇上の佐伯ではなく刀の方をしきりに気にしている。それだけで刀は、自分が佐伯よりも勝っていると思えた。 「俺には司がいるんだぜ」 胸を張って自慢したかった。肩を抱いて見せつけてやりたかった。あの肖像画を高々と掲げたかった。学校だから出来ないのがもどかしい。 佐伯の挨拶に続いて、司が生徒会からの告知のために壇上へ登る。すれ違いざま、佐伯が歩みを止めて、司を見つめたような気がした。そして、口元をニヤリと歪める。 「俺の司をジロジロ見るなよ。汚らわしい」 そう心の中で毒づきながら、刀は隣に立った佐伯を睨んだ。ムスクだろうか。香水の匂いが体育館の饐えた匂いと混ざり合い、吐き気を催す。10cmくらい高い身長は相川を彷彿とさせた。佐伯はそんな刀に構いもせず、ひたすら壇上の司を見つめている。獲物を狙っているような鋭い目つき。まさかこいつも? そんな疑念が刀の中で沸き起こる。 全校集会が終わるなり、気を引きたがっている女生徒たちが佐伯を囲んだ。「先生、どちらに住んでいるんですか?」「好きな女性のタイプは?」と次々に質問してくる。だが、佐伯は 「さあ、授業が始まるから教室に戻ろうね」 と適当にいなして、あっけなく体育教官室に入ってしまった。女生徒たちがいつまでも名残惜しそうにしているので、刀が 「おまえら、さっさと教室に戻れ」 と怒鳴ると、汚らわしい物でも見るかのような目つきを残して、いなくなってしまった。それが腹立たしくて、つい、まだ体育館に残っていた司の腕を掴んでしまう。 「……熊谷先生、どうしたのですか?」 「さっきの挨拶、良かったぜ」 「そ、そうですか。ありがとうございます」 戸惑いを露わにしながら、司は体育館を出ていく。きっと後で怒られるのだろう。僕たちの関係がバレたらどうするのですか、と。それすら愛おしくて刀はつい表情が緩んでしまう。けれども、そんな二人の様子を熱心に誰かが見ていることには気づいていなかった。 ※ 「俺は反対です!」 校長室で刀は佐伯と対峙していた。二人で生活指導をやれと、佐伯先生も生徒を知るのにちょうど良いだろうと校長は言う。 「喜んで引き受けましょう。私も早く生徒の顔を覚えたいですからね」 快く引き受ける佐伯の態度に校長は満足げな表情を向ける。けれども、刀の方を向くと一転して険しい表情になり 「熊谷先生は、よく暴走するからな。任せておけんのだよ」 と苦言を呈した。 刀は生徒と真剣に向き合っているつもりだった。たまたま分かりやすい不良が相川だけだったから、指導が過剰に見えただけだ。同じような不良が大勢いたら、人数分だけ丁寧に指導していただろう。授業そっちのけで。 「これからは佐伯先生もいるのだから、授業をほったらかしにしないように」 校長に釘を刺されて、刀は膨れっ面をする。それを見て佐伯はクスッと笑った。 「見てのとおり、熊谷先生は大人げないのだ。苦労するかもしれないが頼んだぞ、佐伯先生」 校長の言葉に、佐伯は爽やかな笑みを浮かべる。 「ご安心ください。熊谷先生とは仲良くなれそうな気がするのです」 思いがけない言葉に、刀は佐伯を睨みつけた。仲良くなんて冗談じゃねぇ。俺とおまえのどこに共通点があると言うのか。 「では、手始めに熊谷先生には佐伯先生を案内してもらおう」 「なんで俺が……」 「できない理由があるとでも言うのかね?」 あいにく、今の時間は美術の授業が無かった。仕方なくずかずかと扉に向かって歩き出す。そして、開けるなり 「ついて来いよ。案内してやるぜ」 と先輩風を吹かせた。校長が憤慨しているように見えたが、刀は気づかないふりをして校長室を出てしまった。 1階から順番に案内をしていく。どの教室でも刀が顔を見せると誰もが嫌そうな顔をするのに、佐伯が顔を出すと笑顔を浮かべて嬌声を上げた。どいつもこいつも、と刀は次第に腹立たしくなってきた。 3階に上がる。最初に美術室を案内した。 「ここが俺の持ち場。美術室だ」 佐伯はあたりをキョロキョロ見回し、小さく息を吸い込むと、途端に険しい顔つきになった。 「何か変な匂いがしますね。それに随分と散らかっているような」 確かにお世辞にも綺麗だとは言えないが、自分の城を変な匂いだとか散らかっているだとか言われて刀は機嫌を損ねた。 「これが絵描きってもんだ。絵が分からないなんて可哀想だな」 精一杯の嫌味を言ったつもりだった。けれども、佐伯は 「私だって、ボナールとシーレの良さくらい分かりますよ」 と涼しげに返す。思いがけない名前を聞いて、刀は言葉に詰まった。狂気と業を孕んだこの2人の名前を出すなんて、こいつ只者じゃねぇなと。 恥ずかしさを隠すように美術室を出て、生徒会室の前を通る。 「ここは生徒会室だ。今は誰もいない」 「生徒会室ですか……そう言えば、朝礼で会長が挨拶してましたね。確か、弓岡君だったかな?」 司の名前を聞いて、刀は無意識に佐伯を睨みつける。まるで二人の世界を踏みにじられたような気がした。 「彼は3年生ですよね。どこのクラスなのかな……」 興味を示す佐伯に、刀が 「知らねぇよ」 と話題を逸らそうとする。ところが 「さっきは仲良さそうに話していたじゃないですか。校門でも体育館でも」 そう指摘されて刀は戦慄する。体育館で見られていたならまだしも、校門で一緒だったことまで覚えていたなんて。単に物覚えが良いのか、それとも……。 「……3年E組だ」 刀が近くの教室を指すなり、佐伯は何のためらいもなく引き戸を開けて中へ入っていった。 「おい、授業中だぞ。何、考えてるんだ」 と刀が後を追う。 突然の来訪者に、教室にいる誰もが色めき立った。ちょうど担任が数学の授業をしており、怪訝そうな顔で刀と佐伯を見つめる。 「見学させていただきたいのですが、よろしいでしょうか」 佐伯の丁寧な態度に、担任は警戒心を解いて承諾する。二人は、黒板の横で授業を見守った。 黒板には積分の難しい数式が書かれている。美術以外の成績が悪かった刀にはちんぷんかんぷんだった。 「ちょうどいい。弓岡に解いてもらおう」 担任は司を指名する。なんでこんな時に、と刀は露骨に顔を顰めた。佐伯を見ると、心なしか相好を崩しているように見える。 司は戸惑いながら黒板の前に立ち、すらすらと問題を解いてゆく。それでも、刀の目から見ると、意識しないように緊張しているのが丸分かりだった。 ふと、司がこちらを向いたような気がした。刀に救いを求めているように見える。ごめんな、こんな目に遭わせて。と刀は心の中で精一杯謝るしかできなかった。 「正解だ」 と担任が言うなり、佐伯が大きな音を立てて拍手した。刀は「おい!」と諫めるが全然気にも留めない。 「私は数学が苦手だったものですから、こんなにすらすらと解けるなんて羨ましい限りです」 「弓岡君は我が校の期待の星でね。〇〇大学を目指しているんだ」 担任が司の志望校を何気なく口にする。刀は両手を強く握りしめ、「言うんじゃねぇ!」と叫びたくなるのを懸命にこらえた。 「〇〇大学ですか。楽しみだなぁ」 司は黒板の前で心許なさそうな顔をしている。思わず刀は 「弓岡、席に戻っていいぞ」 と口走った。司はホッとした表情を浮かべて、自分の席に戻る。なぜ刀がそう言うのか、担任はジロッと睨んだが、気にもならなかった。 「さぁ、授業の邪魔になるから行こう」 と言って佐伯の腕を掴み、教室から引きずり出す。 「素晴らしいですね。生徒会長で成績優秀なのに、自信無さげなところが可愛らしい」 その言葉に刀は引っ掛かりを覚える。 「男が可愛いだなんて、おまえホモか?」 「今の時代は『ゲイ』と言わないと怒られますよ」 カマをかけたつもりが、逆にはぐらかされてしまった。 佐伯が語る司の魅力は、刀も惹かれたところである。けれども、背の高いこいつには分からないだろう。体の大きさがコンプレックスになっているから自信が無いということは。 「やっぱり、こいつとは仲良くなれねぇ」 あらためて刀は思うのだった。
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石月 主計
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