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Thrill Down(2) 司視点

 刀の誕生日を間近に控えた金曜日。司は塾へ行く途中、本屋に寄っていた。奥にある美術書のコーナーで足を止める。「GAUGUIN」と背表紙に書かれた画集に手を伸ばした。  ゴッホとは互いに才能を認め合い、一時は共同生活を送るほどの関係になったゴーギャン。なのに、最後はゴッホが耳を切り落とすという惨劇を招いてしまった。  ゴッホを知る上で重要な画家でありながら、何故か刀の部屋にはゴーギャンの画集が無い。 「友達に貸してしまったんだよ。それっきり返って来なくってさ」  かつて物の貸し借りで誰かと繋がっていたいと語っていた刀。永遠に返さない人だっているのに……と司は肩を竦めた。気を取り直して画集の値段を見る。予算の1万円を超える数字に司は目を見張った。 「おや、どうしたんだい?」  聞き覚えのある声がして、恐る恐る振り向く。佐伯が上から覗き込んでいた。 「こんなところで何をしているのですか?」 「私は本を買いに来たんだ。退屈しのぎにちょうど良いと思ってね」  見ると、佐伯の手には最近のベストセラーが握られている。 「体育の先生でも本を読まれるんですね」 「酷いなぁ。すべての体育教師の脳が筋肉で出来ているわけじゃないよ」  佐伯の返しに司はつい噴き出してしまう。 「おっ、笑ってくれた。可愛いな」  可愛いと言われて今度はムスッとする。それでも頬が紅潮するのは隠せなかった。 「弓岡君が持っているのは……ゴーギャンの画集だね?」  画集を見られて、司は慌てて背中を向ける。刀へのプレゼントだとは知られたくなかった。 「ゴーギャンに興味があるのかい?」 「興味があると言うか……勉強になると思って」  言い訳が思いつかなくて、しどろもどろになる。佐伯は司の反応を面白がっているようだった。 「勉強のためなら私が買ってあげよう」 「そ、そんな、結構です。自分のお金で買いますから」 「けれども、随分と高そうだよ。君の小遣いで買えるのかい?」  そう言われて、司はもう一度画集の値段を確かめる。刀の誕生日を知ってから、コツコツと貯めてきた小遣い。手持ちのお金を合わせれば、かろうじて払える値段だった。塾帰りの軽食やおやつは、しばらく我慢しなければいけないけど。 「大丈夫です!」  司は踵を返すと、佐伯を置き去りにしてレジに向かった。本当はプレゼント用に包装して欲しかったが、それでは佐伯に何もかもバレてしまうだろう。 「本当に大丈夫かい?」  司が財布から1万円札と千円札数枚を取り出すのを見て、佐伯は肩に手を置きながら心配そうに声をかける。 「そのために小遣いを貯めたのですから」  司は気丈な笑顔を向けた。佐伯が慈しむような表情を浮かべる。傍から見れば、二人は恋人同士に見えただろう。 「僕は塾があるので失礼します」  画集を受け取り、司は会計をしている佐伯を残して書店を出た。振り返ると、佐伯が窓から見えるように大きく手を振っていた。まったく……と、ため息をついて歩き出す。  ふとエンジンの大きく唸る音が聞こえて、司は道路の方へ目を向けた。けれども、そこには車が列を作って流れているだけだった。

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