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奪取(1) 刀視点 性描写有

「先生、好きだよ。愛してるよ!」  スマホの小さい画面の中で全裸の司が叫ぶ。そして、ふてぶてしいものから若さが迸り、ボタボタと音を立てて床に落ちる。刀もまた全裸になって、自分の体を汚していた。荒い呼吸が狭い部屋の中でこだまする。ずいぶん前に送られた動画。テープならとっくに擦り切れてしまうくらい、何回も再生していた。 「司、何故そばにいてくれないんだよ……」  一緒にいられなくなってから、かれこれ2ヶ月が経とうとしていた。事態はますます悪化するばかり。しかも、つまらない誤解のせいで、せっかく部屋に来てくれた司を自ら拒んでしまった。  自分が書いた手紙のおかげで、司は廊下で挨拶してくれるようになったし、美術の授業にも出席してくれるようになったが、まだ敬遠されているような気がする。その証拠に用事が済むと、すぐにいなくなってしまう。二人きりになるのを怖れるように。  どうすれば元通りになるのか、刀には見当がつかない。強引に司を奪う? そんなことをしたら、今度こそ免職になってしまうし、司の立場も危うくなるだろう。すべてを捨てて面倒を見てやれるほどの余裕は、もちろん無かった。  ふと、メッセージアプリの着信音が鳴る。司からだった。刀は慌てて画面を開く。  そこには、ただ一言だけ 「先生、ごめんなさい……」 と書かれていた。どうして謝るのか、刀には心当たりが無い。心配になってメッセージを送り返してみた。 「謝ることはないよ。何があったんだ?」  既読にはなったが、返事は来なかった。刀の中で嫌な胸騒ぎが起こる。もしかしたら、司は誰かに何かをされたのかもしれない。その誰かとは一人しか思い浮かばなかった。 「あの野郎……司に何をしやがった!」  怒りが全身を駆け巡る。今すぐにでも、あの野郎をぶん殴ってしまいたい。刀と司を引き裂いた張本人。その上、司に謝らせることをするなんて。 「明日、美術室で問い詰めてやる!」  刀は爪が食い込むほど、拳を強く握りしめた。 ※  放課後の美術室で、刀は佐伯と対峙していた。とっくに生徒たちは帰ってしまい、明かりが必要なほど、あたりは暗くなっていた。 「おまえ、司に何をした!」  最初に切り出したのは刀だった。大声で怒鳴ってみせる。 「おやめなさい。他の教師に聞かれたら貴方の立場が悪くなりますよ」  佐伯はあくまでも冷静だ。むしろ、何で呼び出されたのか分からないと言いたげな顔をしている。 「とぼけやがって。司に何かしたのは分かってるんだ」  刀が睨みつけると、佐伯は口元を緩めてフッと笑った。 「私は何もしていない。あの子が勝手に興奮して漏らしてしまっただけだ」 「何だと?」 「弓岡君は、よほど私に欲情していたらしい。自ら裸を見せてくれましたよ。可愛い顔に似合わず大きいものをぶら下げて。フフフ」  佐伯の告白に刀は青ざめる。 「生徒に手を出したのか。最低だな!」 「人聞きの悪い。私は弓岡君の肌に指一本も触れていない。手籠めにした貴方のほうがよほど最低だ」  図星を突かれて刀は奥歯を噛みしめる。ただ、この男が司を辱めたことは許せなかった。 「職員会議で告発してやる! 司を酷い目に遭わせたとな」 「言ってごらんなさい。髭面で汚い身なりをした貴方の言い分なんて、誰も聞いてくれませんよ」  刀は何も言い返せなかった。拳が行き場を失くして震える。 「もう話は終わりましたね。私はこれで失礼します」  佐伯が踵を返して美術室を出ていく。刀は引き留めることができなかった。そんな自分が悔しい。けれども、佐伯はヒントをくれた。見た目が汚いから誰も刀の言い分を聞かないと。それならば、身なりを整えればいい。自分の美学を捻じ曲げるみたいで癪だが、司を取り戻すためなら何だってする。 「貴様と同じ土俵に立ってやろうじゃねぇか」  刀は誰もいなくなった美術室で決意を新たにした。 ※  その夜、刀は鏡の前に立っていた。カビの匂いがする古い三点ユニットの浴室。顔中にシェービングフォームを塗りたくり、カミソリを構える。髭を剃るなんて就活以来だった。自分を大きく、大人に見せてくれるこの髭が好きだった。司が甘える時、愛おしげに撫でてくれたのを覚えている。それでも…… 「上等だよ」  口髭を剃り落とす。地肌が露わになり、鼻の穴と上唇がはっきりと見えた。次に顎髭、そして輪郭も剃り落とす。そこに現れたのは、どこか自信のなさそうなあどけない顔。俺、こんな顔してたんだな、と刀は戸惑う。こんな俺でも司は好きでいてくれるだろうか。  今度は、しばらく閉じたままだった箪笥からスーツとワイシャツを取り出した。ブラシで汚れを落とし、コロンを振りかける。まるで別人の匂いみたいで刀は顔を顰めた。けれども、今からその別人になるのだ。  スーツに袖を通してみる。このところ食欲が落ちて少しやつれたせいか、意外と体にフィットしていた。これなら誰も文句は言わないだろう。あの校長でさえ。  ただ、身なりを整えただけでは不十分だ。子どもの頃から癖になっている粗暴な口調も改めなければいけない。 「俺……じゃダメだな。私? なんか気持ち悪いな。僕……言い慣れないが、これでいこう」  そして、言葉尻も整えてみる。その夜は遅くまで敬語を繰り返す刀の独り言が続いた。

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