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奪取(2) 刀視点 性描写有

 次の朝、刀が職員室に入って挨拶するなり、誰もが二度見して固まった。いつもどおりの甲高い声なのに、見た目が違うからである。唖然とした顔を見て、刀は思わず吹き出しそうになった。  そこへ校長が入ってくる。見慣れない男を見て 「誰かね? 君は」 と問いかけてきた。刀が「熊谷ですよ」と答えると 「く、熊谷君? どういう風の吹き回しかね!」 と両肩を掴んできた。 「生徒の信頼を取り戻したくて心を入れ替えたのです」  そう刀が答えると涙ぐんで 「やっと、その気になってくれたのだね。私は嬉しいよ」 と喜んでくれた。居合わせた教師たちからも自然と拍手が起こる。ただ一人、佐伯を除いて。奴だけは明らかに面白くなさそうな顔をしていた。 「これまで君の言うことに耳を貸すつもりはなかったが、心を入れ替えたなら話は別だ。生徒の信頼を取り戻すためなら何でも協力しよう」  刀は心の中でガッツポーズをする。けれども、言葉や態度にはしない。あくまでも落ち着いた口調で 「ありがとうございます。そうおっしゃっていただけて光栄です」 と、のたまうのだった。 ※  美術の授業でも大騒ぎだった。生徒たちは皆、髭を剃ったスーツ姿の刀にポカーンと口を開け、次に歓声を上げた。先生、ハンサムになったよと褒めてくれる生徒もいる。刀は照れ臭くなった。  もちろん、司も例外ではなかった。遠く離れたところから頬を赤く染め、潤んだ眼差しで刀を見つめている。本当はもっと近づいて見せつけたかった。これが俺の素顔だよと。思わず股間が熱くなってしまう。  けれども、今は周りの信頼を勝ち取るために、真面目な自分を演じなければいけない。 「さあ、授業を始めよう」 と生徒たちを座らせて指導を始めた。  結局、その日は登校から下校まで、生徒たちにもてはやされ続けた。誰もが物珍しげに刀へ近づいては話しかける。この学校に赴任してから初めての経験だった。人気とは裏腹に刀は冷静になる。見た目で態度を変えるなんて、ずいぶん勝手なものだと。司は髭面の俺でも愛してくれたのに。  その夜、司からメッセージが送られてきた。 「何故、髭を剃られたのですか?」  すかさず刀はこう返す。 「司のためなら何でもするさ。それとも、こんな俺は嫌いか?」  返ってきたのは、キャラクターが首を横に振るアイコン。続けて 「髭を剃った先生も素敵です……」 とメッセージが送られてきた。嬉しくて、刀は自撮りをした画像を司に送ってしまう。 「今夜はこいつをおかずにしろよ」 とメッセージを添えて。やがて、白いネバネバした液体で汚れた手の画像が返ってきた。おそらく自分の画像を見て、司は果ててしまったのだろう。 「畜生、俺に火を点けやがって!」  堅苦しいスーツを脱ぎ捨てて、解放された体が熱気を放つ。刀は何度も司の名前を呼びながら、自分を高めていった。いつもより感じ過ぎたのかもしれない。噴き出したそれは勢いよく髭の無い顔にもかかった。舌で舐め取ると生臭くてしょっぱい味がする。 「司……待ってろよ。必ず奪い返してやるからな!」  もちろん、刀には次の考えがあった。早く実行したくて心が逸る。それでも、今はシャワーを浴びて体を清めなければいけない。求められているのは清潔な自分。少しの汚れも許されないことに、刀は窮屈さを感じた。 ※ 「何ですって?」  佐伯の大声が賑わう職員室に響いた。 「だから今度の日曜日、弓岡君の両親に会わせてほしいと頼んでいるのです」  刀はいつものようにスーツをまとい、にこやかな表情で佐伯と対峙していた。 「自分で会いに行けばいいじゃないですか。なんで私が」  佐伯もにこやかだが、その声は氷のように冷たい。 「懇意にされている佐伯先生がいらっしゃれば、ご両親は僕に会ってくれると思うのです」  刀はあくまでも下手に出る。それでも佐伯は 「お断りします。貴方に手を貸す筋合いはありませんからね」 と、にべもなく突き放した。刀はしばしその言葉を噛みしめていたが、急に真面目な表情になると 「この通りだ。お願いします!」 と土下座して、頭を床に擦りつけた。他の教師たちが何事かと集まってくる。 「私を悪者にしないでください!」  佐伯の声は明らかに狼狽えていた。 「僕は、どうしても弓岡君の信頼を取り戻したいのです。だから……」  騒ぎを聞きつけて、校長まで駆けつけてきた。 「佐伯君。熊谷君がここまでしているのだ。聞き入れてやってくれないかね」 「しかし……」  他の教師たちは刀に土下座をさせた佐伯を冷たい眼差しで見ている。どうして助けてやらないのかと。佐伯は堪らず声を上げた。 「分かりましたよ。ただし、私はいるだけで何の手助けもしませんからね。貴方の力で解決してください」  刀は大げさなくらい嬉しそうな表情を浮かべる。そして、佐伯の手を握ると 「ありがとう、ありがとう……」 と涙を流すのだった。校長も 「よくやった。これで我が校も安泰だ」 と釣られて涙を流す。佐伯は白けた顔をしていたが、職員室は感動の渦に包まれていた。  刀は美術室へ戻る途中で、トイレに入り手を洗った。なんで俺があの野郎の手を握らなきゃいけないんだ。忌々しい。そう心の中で舌打ちしながら、石鹸で念入りに見えない汚れを落とす。  今や刀はすっかり校長や教師たち、生徒たちからの信頼を取り戻していた。残るは司の両親だけ。けれども、一人で会いに行けば門前払いされるだろう。これまで面談に乱入したり、司を泣かせたりしているのだ。印象が良いはずがない。  だから佐伯に頼んだ。奴なら司の両親から絶大な信頼を得ている。わざわざ教師が集まっている職員室で声をかけて、断り切れない状況を作った。司のためなら土下座もするし、嘘の涙だって流す。もしかしたら吉見よりも演技が上手いのではないかと、刀は心の中でほくそ笑んだ。  トイレを出ると、生徒会室の扉が開いているのが見えた。目立たぬようにさりげなく覗いてみる。ちょうど司が拍手で送られて、外に出るところだった。 「熊谷先生……」 「偶然、通りがかったんだ。どうしたんだい?」  司よりも早く、後輩の女生徒が答える。 「弓岡先輩は今日で生徒会を卒業するんです」  そう言えば、先月は後任の生徒会長を決める選挙が行われていた。司のことで頭がいっぱいで、それどころではなかったけど。 「そうか……ご苦労様。今まで大変だったね」  司の前なのに、らしくない言葉を吐いて刀は歯痒くなった。 「ありがとうございます。先生にそうおっしゃっていただけて嬉しいです」  その瞳は不安げに揺れていた。生徒会長という仮面が外れて心細いのかもしれない。 「もし、辛いことがあったら、いつでも僕に相談してほしい。話を聞いてあげるよ」  本当は今すぐ抱きしめてあげたかった。俺は司の味方だ。安心しろよと。  司が俯いて言葉を紡ごうとしている。その時、佐伯が階段を上がってくるのが見えた。 「それじゃ」と手を上げて、刀は名残惜しそうに背中を向ける。「どうしたんだい?」と尋ねる佐伯に対して、司は 「熊谷先生から労いの言葉をいただきました」 と答えているようだった。  労いか……と刀は独りごちる。ここ最近は辛い思いばかりさせて何も労っていない。早く両親の信頼を勝ち得て、以前のように司を甘やかしてやりたかった。 「人生の大勝負だな」  刀は胸を張り、スーツを整えて気合いを入れた。

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