37 / 41

ジャスト・フレンド(2) 佐伯視点

「もうすぐ佐伯君も任期満了か。残念だな」  声に気づいて佐伯が顔を上げると、校長が隣に立っていた。 「契約ですから仕方ありません。次の赴任先も決まっていますから……。私も生徒たちと親しくなれたのに残念です」  他の生徒たちなんて、どうでもいい。司と離れてしまうのが何より残念だった。 「君の生活指導のおかげで、生徒たちは真面目になったようだ。弓岡君の両親も喜んでいたよ。熊谷先生と和解できたって」  佐伯の瞼がピクリと動く。あれは大失敗だったと今でも後悔している。まさか、司の両親があんな簡単に熊谷を許すとは思わなかった。おそらく息子の説得に心を打たれてしまったのだろう。すべての事情を知る佐伯にとっては、安っぽい三文芝居にしか思えなかった。 「いやぁ、佐伯先生には頭が上がりませんよ」  耳障りな甲高い声が響く。いつの間にか熊谷が近づいていた。 「僕は佐伯先生に出会えなければ、今も髭面でジャージ姿のままでした」  綺麗に髭を剃ってスーツをまとった今は、校長をはじめ、他の教師や生徒たちから絶大な信頼を得ている。佐伯は、ここで司との関係を告発して、化けの皮を剥がしてやりたい衝動に駆られた。 「私がいなくなっても、そのままの姿でいてくださいね」  かろうじて温和な表情を湛えながら、それとなく嫌味を言う。この男のことだ。すぐに油断してやりたい放題になるだろう。その隙に司の両親へ告げ口して、嫌われてしまえばいい。 「本当に佐伯先生の言うとおりだ。熊谷先生はすぐに気が緩むからね」  校長の嫌味に、熊谷は見苦しいくらいペコペコする。佐伯は早くこの会話を打ち切りたかった。ちょうど良いタイミングで授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。 「弓岡君にも挨拶しておかなければいけないですね。最終日は慌ただしいでしょうから」  そう言って席を立ち上がる。 「特定の生徒ばかり可愛がるのは『えこひいき』じゃないですか?」  熊谷の目がギラリと光る。佐伯は校長に目線で助けを求めた。 「佐伯君は我が校の星をケアしてくれるんだ。それくらい別に良いじゃないか」  どうやら校長の中では今でも佐伯>熊谷らしい。佐伯は心の中でガッツポーズをすると、面白く無さそうな熊谷の顔は見ずに、喜び勇んで職員室を出ていった。  3年E組を覗くと、司は席に座って窓の外を眺めていた。佐伯はフッと笑みを浮かべて教室の中へ足を踏み入れた。途端に女生徒たちから嬌声が上がる。それでも、司はこちらを見向きもしない。まったく隙だらけだ。  何も言わずに肩を抱く。驚く顔が振り向いた。 「私に気づかないなんて冷たいな」 「な、何の用ですか?」  相変わらず司は素っ気ない。少しは喜んでくれてもいいのに。 「君の顔が見たくなった。と言ったら?」  他の生徒たちが取り囲み、興味津々で二人のやり取りを見守っている。司は無表情を装いながらも頬を赤らめていた。実に分かりやすい。  そこへ 「弓岡君に何をしているんだ?」 と甲高い声が聞こえてきた。佐伯が面倒くさそうに視線を向けると、熊谷が戸口で腕を組んで立っていた。 「熊谷先生こそ何をしているのですか?」 「僕は美術室へ向かう途中です。佐伯先生こそ、体育教官室は1階ですよ?」  佐伯の唇がわなわなと震える。どうにか冷静を装って言葉を返した。 「弓岡君の具合が悪そうだったので、様子を見に来たのです」  熊谷は、信じられないと言わんばかりに教室へと乱入する。あまりの気迫に生徒たちが脇に除けて道を作った。そのまま、司のおでこに手のひらを当てる。 「どれどれ……熱は無いようだな」  佐伯は見逃さなかった。司が一瞬、嬉しそうな顔をしたのを。どうして、こんな野蛮な男に。悔しさが顔に滲み出る。それを見て熊谷がニンマリとした。 「弓岡君ばかり『えこひいき』するのは感心しませんよ。他の生徒だって具合が悪いかもしれないじゃないですか。例えば……君なんかどうだ?」 と熊谷は適当に近くにいた女生徒を指差す。彼女は佐伯のことが好きなのだろう。嬉しそうに 「えーっ。私、具合が悪いんですぅ」 と甘えたような声で縋ってくる。佐伯は背筋が粟立つのを感じた。 「それじゃ佐伯先生、頼みましたよ」  熊谷は大げさな身振りで佐伯を追い出そうとする。佐伯は仕方なく、その女生徒を保健室まで連れて行く破目になってしまった。

ともだちにシェアしよう!