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ジャスト・フレンド(3) 佐伯視点
体育の授業では佐伯の指導の下、受験生には安全という理由で、ペア・ストレッチを行うことになった。ただし、男子生徒の数は奇数で、どうしても一人は余る。
「弓岡君は私とペアを組もう」
佐伯は何のためらいもなく、堂々と司を指名する。どこからか冷やかしの指笛が聞こえて、佐伯は爽やかに笑って諫めた。司の顔が紅潮している。
「私と弓岡君が見本を示すから、真似するように。ただし、力の入れすぎは禁物だ。気持ちいいと感じるところで止めるんだよ」
佐伯は司を床に座らせ、脚を広げさせ、腕を前に伸ばすよう指示する。そして、その後ろに腰掛けると、抱きかかえるように体を絡ませた。体温が直に伝わってくる。
「せ、先生……」
司が上ずった声で狼狽える。
「まだ何もしてないよ。それとも、君は私の気配だけで興奮しているのかい?」
他の生徒に聞こえないように耳元で囁く。司は股間が大きくなるのを懸命に堪えているようだった。
「脇の下から腕を通して、ゆっくり肩や胸を広げるんだ」
そう生徒たちに指示しながら、佐伯はより体を密着させて、司の体を少しずつ広げてゆく。激しい鼓動と乱れる呼吸。感じているのが丸分かりだった。
「ちょうど良い。変に力が入っているよりも、体を預けてくれればケガしないからね」
何回かストレッチをして、生徒たちは交代させる。しかし、司の体からは腕を解かない。
「先生、僕は……」
と司が訴えるのを、佐伯は軽く聞き流した。
「指導するのは私。君はあくまでもモデルだ」
生徒たちの中にはふざけている者もいる。けれども、今は司さえ言うことを聞いてくれれば、佐伯は満足だった。こうして、1時間たっぷりとストレッチをする。終わる頃には、司がヘロヘロになっていた。
「弓岡君、受験勉強のし過ぎで肩が凝っているよ。時々はストレッチで体を伸ばそうね。私がいつでも相手してあげるよ」
「じ、自分で出来ますから!」
司は逃げるようにクラスメイトたちと合流した。「また、佐伯先生に可愛がられていただろ」と冷やかす声が聞こえる。あれだけ密着したのだから、きっと司からはムスクの匂いが漂っているはずだ。もしかしたら佐伯の体臭も。時間をかけて、司は自分のものだとマーキングしたのだ。
その足で美術室に行ったら、熊谷は嫉妬するだろう。怒って体育教官室まで来るかもしれない。向こうが絵で勝負するなら、こちらは匂いで対抗する。司は自分のものだと世界中に知ってほしい。ただ、それだけのことだった。
※
いつものように、佐伯はシトロエンで司を家まで送っていた。助手席の司は明らかに機嫌が悪い。
「何を怒っているんだい?」
「……皆の前であからさまに僕を抱いてきたからです」
「君は私のものなんだ。抱いたって構わないだろ?」
佐伯が司の肩に左腕を回そうとすると、「運転に集中してください!」と言われて、ハンドルを握らされた。
「それよりも弓岡君はどうなんだ。あの男に熱を測られて、まんざらでもない顔をしてたじゃないか」
「そ、それは……」
それっきり司は言葉を失ってしまった。きっと、熊谷に想いを馳せているのだろう。それが気に食わない。どうやってお仕置きをしようか。そんなことを考えているうちに、司の家へ着いてしまった。
司がシトロエンから降りるなり、にこやかに出迎えてくれる母親。夫婦共々、真面目で少しのずれや過ちも許さない潔癖なところがある。見た目も言葉遣いも誠実そうな佐伯には全幅の信頼を置いてくれていた。
「佐伯先生。クリスマスは空いていらっしゃいますか? もし良かったら、家で食事でもいかがかしらと思って」
「母さん!」
思いがけない母親の提案に司が声を上げる。佐伯は、またとない好機に口元を緩ませた。
「先生だって、彼女と約束があるかもしれないじゃないか」
「あら、恋人がいらっしゃるの?」
司の浅はかな出まかせ。むしろ佐伯には好都合だった。
「残念ながら遠距離で、クリスマスは別々なんです」
もちろん、彼女なんていやしない。それでも、ゲイだと疑われるよりは100倍マシだった。
「寂しかったので、誘っていただけて光栄です」
佐伯が嬉しそうに言うと、母親も自分の善意が功を奏したようで大いに喜んだ。その横で司だけは膨れっ面をしている。
「それではクリスマス、楽しみにしてますね」
そう言い残して佐伯はシトロエンに乗り込む。走り出して、バックミラーに司たちが見えなくなると、思わずご機嫌な口笛が零れた。
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