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ジャスト・フレンド(4) 佐伯視点
クリスマスの日。そして、佐伯にとっては4ヶ月間お世話になった学校を退任する日。
終業式の挨拶で壇上に立つと、涙を流している生徒がちらほら見える。それでも佐伯は笑顔を隠せない。どんなに口先で別れを惜しんでも。司とは今夜一緒にクリスマスを迎えられるし、これからも繋がりを持ち続けられるからだ。
職員室に戻り、校長や他の教師たちに挨拶を済ませ、残った荷物をスポーツバッグに入れる。昨日のうちにほとんど片付けてしまって、荷物はわずかだった。
そこへ甲高い声が呼びかけてくる。「また、こいつか」と佐伯は心の中で毒づいた。
「いやあ、佐伯先生も今日で終わりですか。これで我が校も平和になりますね」
平和という言葉に佐伯はカチンと来る。
「どういう意味ですか? 私は貴方と違って揉め事は起こしませんでしたよ」
嫌味を言われても熊谷は表情を崩さない。どこか勝ち誇ったような笑顔。
「弓岡君を『えこひいき』してると生徒たちの間では専らの噂でしたからね。僕も女生徒たちから何度も相談されましたよ」
佐伯は大きくため息をついた。
「熊谷先生、貴方だって大概です。弓岡君が嫌がっているのに、校門で呼び止めたり、美術室へ呼び出したりしたじゃないですか」
校長が二人の会話を聞きつけて、ジロリと熊谷を睨む。また問題を起こせば、司の両親から何か言われるからだろう。
「あ、あれは教育的指導だ」
熊谷がしどろもどろになる。
「周りには『えこひいき』にしか見えません。人のことは言えませんよ」
熊谷が悔しそうに立ち去ろうとすると、佐伯は追い討ちをかけた。
「私は今夜、弓岡君と過ごせますから、貴方一人に嫌われても平気ですがね」
その言葉に熊谷が掴みかからんばかりの勢いで佐伯に近づく。思わず佐伯は身を引いた。
「おい、それはどういう意味だ」
「弓岡君のお母様から誘われたのです。一緒にクリスマスをお祝いしましょうと」
熊谷の顔が興奮で見る見る赤くなる。そして
「職権濫用だぞ!」
と怒鳴った。校長や他の教師たちが慌てて止めに入る。
「佐伯先生、最終日なのに済まないね」
校長が申し訳なさそうに頭を下げた。
「いいのですよ。何か機嫌を損ねることを言ってしまったようですから」
「何と言ったのかね」
「今日が最後ですので、弓岡君のご家庭へ挨拶に伺うと。お母様から熱心に誘われましたので……」
佐伯は涼しげな表情で返した。校長は、こんなことで機嫌を損ねたのか、と言いたげに呆れた顔をする。熊谷はまだ殴りかかろうとせんばかりの勢いで、取り押さえる腕を解こうとしていた。
「熊谷先生、話は校長室で聞こう」
校長室の扉がバタンと音を立てて閉まる。それっきり、下校するまで佐伯が熊谷と顔を合わせることはなかった。
※
司の母親は随分と頑張ったのだろう。茶色い食べ物が多いものの、クリスマスの食卓は豪勢だった。高級レストランに慣れ親しんだ佐伯からすると、味はまあまあ。それでも、温かな家族団らんは佐伯の心を和ませた。
司の父親には、ヴーヴクリコを贈った。いける口らしく、大げさなくらい喜んでくれる。母親には鉢植え。ピンク色のポインセチアだ。
「まぁ、赤以外のポインセチアもあるんですね」
「お花好きとお見受けしましたので。大事に育ててくださいね」
これがある限り、弓岡家は佐伯を忘れないだろう。母親は、そんな佐伯の意図には気づかず、無邪気に喜ぶ。
司の両親からは万年筆を贈られた。佐伯にとってはありふれているモンブラン。それでも
「ありがとうございます。大切に使わせていただきますね」
と丁寧にお礼を言った。そして、司をじっと見つめる。
「弓岡君には、私が着ているレザージャケットをあげよう。これからの季節、寒さで風邪を引くといけないからね」
一目でブランドものと分かるレザージャケットに、司の両親は恐縮した。
「そんな高いもの、いけません。先生はどうするのですか?」
「私は、ちょうど新しいものを買おうと思っていたのです。だから、ぜひ弓岡君に着て欲しい。これからは、このレザージャケットが君を守ってくれるからね」
司は戸惑いを露わにしている。だが両親の手前、拒否はできないはずだった。
「先生がおっしゃっているんだ。有難く受け取りなさい」
「そうよ。こんなに良いレザージャケット、なかなか着れないわよ」
両親に促されて、司はおずおずとレザージャケットを受け取った。
「そうと決まれば、手入れの方法を教えてあげなければいけないね。お父さん、お母さん。弓岡君を私の部屋に連れていってもよろしいでしょうか? 最後なのでいろいろ話したいこともありますし」
司を自分の部屋へ連れていく口実。何も不自然なところはない。両親は快諾してくれた。
「そうね。しばらく佐伯先生とは会えなくなるんですもの。ゆっくりしていきなさい」
「どうしたら佐伯先生のように立派な大人になれるか、じっくり話を聞いてくるんだ」
司は縋るような目で両親を見るが、気づいてもらえないらしい。可哀想に、君はもう私の術中に嵌っているのだよ。佐伯は満足げに微笑んだ。
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