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心を開いて(1) 刀視点 性描写有

 クリスマスの夜、刀は「マスカレード」にいた。ここに来たのは何ヶ月ぶりなのか。司を愛するようになってからは、すっかり足が遠ざかっていた。  昼間は佐伯に突っかかり、校長からひどく怒られた。司とクリスマスを一緒に過ごす。そんなことで怒るなんて何を考えているんだと。冗談じゃない。刀にしてみれば無視できない問題だった。  司にもメッセージを送ってみたが、気まずいのか、それともすでに佐伯と一緒にいるのか、既読にすらならない。テレビを点けてもクリスマスの特番ばかりで、刀はますます気が滅入ってしまった。  いつものようにヴェネチアンマスクを着けて、腰にバスタオルを巻き、誰かが入ってくるたびに顔を近づけては、モーションをかける。あからさまに無視されたり、拒絶されたりで、受け入れてくれる者は誰もいない。  入店してからかれこれ1時間、このまま退店したら、惨めな気持ちに輪をかけるだけだろう。こんな自分を見たら、司は何と思うだろうか。 「司、おまえがいけないんだぜ」  なんとか閉店まで粘ろうと覚悟を決めたその時だった。  扉が開き、誰かが入ってきた。背が高いからか、少し身を屈めて入ってきた男は、遠目でも分かるくらい、しなやかで筋肉質な体をしている。早速、壁に貼りついていた常連たちが近づいて様子を窺う。もちろん、刀も狙いを定めて近づいた。  男はどうやら気が短いらしく、興味のない男が触ってくると「気安く触るんじゃねぇ!」と、どやしつける。次第に誰もが怖がって手を引く中、刀は通路のど真ん中に立ちふさがった。  久しぶりに胸がワクワクする。こんなに落としがいのある獲物はいない。きっと、組み伏したら良い声で啼いてくれるだろう。 「俺はどうだ? 相手になってやるぜ」  そう言って、刀は男に向かって手のひらを差し出した。男は刀を睨んだが、何かに気づいたのか、急に手首を掴むと近くの個室に連れ込んだ。思いがけない出来事に、刀はたじろぐ。 「おいおい、慌てんなって」  個室に入るなり、男は乱暴に刀のヴェネチアンマスクを剥ぎ取った。露わになった刀の顔をジロジロと遠慮なく見つめてくる。いつもは自分がしている行動。主導権を握られているようで、刀は次第に焦ってきた。 「もしかして、ホモ野郎か?」  聞き覚えのある呼び方。そんな呼び方をするのは一人しかいない。 「ま、まさか、おまえ、相川か?」  途端に刀は大きな手のひらで口を塞がれた。 「バカ! 名前を言うんじゃねぇ」  刀は自由な手で男のヴェネチアンマスクを外す。剃り込みを入れた坊主頭にあどけない顔立ち。そこにいたのはかつての教え子、相川 (ながれ)だった。  やんわりと口を塞ぐ手のひらを外して、刀は大きく息を吸う。そして 「なんで、おめえさんがここにいるんだよ。男には興味が無かったんじゃねぇのか?」 と問いかけた  相川は気まずそうな顔をして、頭をポリポリと掻く。 「ああ、俺は今でもホモじゃない。男とキスするなんてまっぴらだ」 「この店がそういう店だって、分かってんのか?」 「分かってるから、ここにいるんだ。まさかホモ野郎に出くわすとはな。髭を剃っちまっているから、気づかなかったぜ」  ああ、そう言えば髭を剃ってから相川に会うのは初めてだったと、刀は自分の口元を撫でた。  相川は敷かれた布団の上にドカッと腰を下ろす。そして、近況をぽつりぽつりと話し始めた。  夏休み、付き合っていた彼女に子どもができたと分かり、学校をやめて働き出した。今ではすっかりお腹が大きくなり、来月には生まれる予定だという。  しかし、彼女がやらせてくれない。最初は仕方ないと我慢していたが、欲求不満は募るばかり。そんな時、アルバイト先の男にしゃぶられ、挿入までした。しょぼくれた爺さんだったという。 「よく受け入れたな。男嫌いなのに」  刀が感心する。それを拒絶するように、相川は鋭い眼差しで睨みつけた。 「冗談じゃねえや。それくらい飢えてたんだよ」 「でも、気持ち良かったんだろ?」  相川が言葉に詰まる。体は正直だったらしく、それ以来、男との性交にハマってしまった。「マスカレード」という店があることも教えてもらったという。 「だったら、その爺さんを相手にすりゃいいじゃねぇか」 「ふん、願い下げだぜ。気持ち悪くて、ぶん殴っちまった」 「おいおい、それじゃ仕事は……」  相川は手刀で首を切る真似をする。刀は呆れて大きくため息をついた。 「それよりも弓岡はどうしたんだよ。もう飽きちまったのか?」  司の顔が思い浮かぶ。けれども、今となっては遠い存在に思えた。かつての生徒という気安さから、ついつい相川に打ち明けてしまう。佐伯という臨時教師が現れて、司を信じられずに傷つけたこと、何とかよりを取り戻したが、家族まで取り込んでしまった佐伯は、クリスマスを司と一緒に過ごすこと……。 「いけ好かない先公だな」  相川が自分と同じ考えなのが嬉しくて、思わず握手する。相川はその手を嫌そうに払った。 「弓岡の気持ちはどうなんだよ。本当にその佐伯って奴といて喜んでいるのか?」  それは分からない。ただ、メッセージの返信が無いというのは、そういうことなのだろう。 「……ったく面倒臭ぇな」  相川は刀を布団に押し倒す。そして、バスタオルを剥ぎ取り、うつ伏せにした。 「ちょっと待て。俺は入れる側だぞ。入れられたことなんて無いんだ」  正確に言えば、一回だけある。まだ学生だった頃。けれども、ただ痛いだけで全然気持ち良くなかった。今では相手の顔すら覚えていない。 「そんなこと、どうだっていいんだよ。ケツ貸せって言ってんだ」  相川は力ずくで刀を組み敷いていく。刀は必死にもがくが、10cm大きな体には敵わない。そのうち、秘所に熱いものが宛がわれたのを感じた。 「やめろ! そんな太いものを入れられたら裂けちまうよ」 「ふん、俺を散々苛めてきたホモ野郎を犯すのは堪らねえな」  舌なめずりする音が聞こえて、先端が入ってきた。メリメリと穴が広がっていくのを刀は感じる。灼けるように熱くて痛い。思わず、甲高い悲鳴を上げた。再び口が手のひらで塞がれる。  奥まで挿入を終えた相川は、性急に腰を動かす。俺ならもっと優しく、ゆっくりと動かすのにな、と刀の目には涙が滲んできた。耳元で相川が憑かれたように「穴、穴……」と喘ぐのが聞こえた。  かつて、何度もぶつかり合った不良生徒に力ずくで犯されている。そこには何の愛情も無いはずなのに、刀の一物は裏腹に漲っていた。「どうしたんだ、俺……」と自分の変化に戸惑う。 「いい穴してるじゃないか。そろそろ出すぜ!」  相川の動きがさらに早くなる。荒い息遣い。自分の体で相川が気持ち良くなっている。そんな事実が刀の劣情を駆り立てた。 「いくぜ! あぅ……」  強く抱き竦められた瞬間、刀もまた絶頂に達していた。布団に零すまいと宛がった自分の手のひらが、ネバネバした液体で汚れてゆく。  相川は刀を解放して、布団に大の字になって横たわった。秘所から抜かれた一物から悪臭が漂い、刀は顔を赤らめる。自分の後始末よりも先に、ティッシュできれいに拭いた。  ふと、布団の上にシミを見つけ、自分の秘所を指で触れると、痛みと共に何かがべっとりと付いた。暗がりでも匂いでそれが何なのか分かる。刀はこれ以上、布団を汚さないようにバスタオルを腰に巻いた。  相川はそんな刀に構いもせず、軽い寝息を立てている。刀はこのまま立ち去ろうかと考えたが、風邪を引かせないよう、相川の体に掛け布団を被せ、自分も隣にこじんまりと蹲るように横たわった。なんとなく、もう少しそばにいたい気分だった。布団の中で相川の熱気が籠り、刀の体を温める。 「……俺、なかなか仕事が長続きしないんだ」  相川が誰に話すともなく、ポツリと呟いた。刀は布団から顔を出し、相川に頬を寄せた。嫌がるかと思ったが、特に拒む様子も無い。自然と相川が刀を腕枕する形になった。 「大人たちって、何で偉ぶるんだろうな。自分が間違っていても決して認めないし、俺に責任をなすりつけようとするんだ」  刀は耳が痛かった。かつての自分もそう思っていたし、大人になった今は間違いを認めたがらなかったり、責任をなすりつけようとしたりする気持ちも分かる。人は年齢を重ねたからって、中身も大人になるとは限らないのだ。 「世間なんて、そういうものだ。正義感だけでは通用しねえよ」  刀は遠慮がちに相川の体に触れる。自分を女扱いした男の体。肌は滑らかで弾力があり、若さを存分に感じさせた。なのに、鼻をヒクヒクさせると生意気にタバコの匂いがする。 「もうすぐ子どもが産まれるのにな。いつまでも親に頼らなきゃいけないなんて情けないよ」  相川は自嘲する。刀は次第に、この不良生徒を立ち直らせたいと思えてきた。卒業まで面倒を見られなかったという後悔もある。 「じゃあ、俺がおまえにぴったりの仕事を探してやる。これも何かの縁だ」  相川が怪訝そうな顔で見つめる。まるで刀を疑っているようだった。 「ホモ野郎にそんな力あるのかよ」  刀はニヤリと笑ってみせる。 「俺だって教師の端くれだ。コネなんかいくらでも持ってるぜ」  それは嘘だった。けれども、学校には生徒の紹介を頼んでくる企業が少なくない。その中から相川の就職先が見つかるだろうと安易に考えた。 「それなら、殴りたくなるような奴がいない職場にしてくれ」 「父親になるんだったら、それくらいの我慢は必要だぞ」  相川が大きくため息をつく。刀はいたずらっ子のような笑みを浮かべて、その鼻先を指で押した。 「何するんだよ、気安く触るんじゃねぇ!」  さっきまで腕枕をしてくれたのに、ずいぶんな言い草である。それも相川らしいと刀は笑った。  結局、二人は一緒に「マスカレード」を出て、互いの連絡先を交換した。刀は自分の部屋の住所も教えた。会いたくなったらいつでも来いと。  街灯の下で、相川はまじまじと刀の顔を見つめる。 「やっぱり俺は、こんな髭の濃いおっさんより女の方がいいや」  そう言って踵を返した。大きな体が暗闇に消えてゆく。それを見送りながら、刀は何故か自分の胸が震えて、涙があふれてくるのを感じた。 「俺、どうしちまったんだろうな……」  呟きが白く暗闇に消えていく。司のことなど、とっくに忘れていた。

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