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心を開いて(3) 刀視点

 それ以来、相川は欲求不満になると刀を訪ねてきて、強引に犯した。大晦日も正月も関係ない。そして事が終わると、そそくさと帰ってしまう。 「こんな油臭い部屋で、汚いホモ野郎と一緒にいられるか」 と言い残して。もちろん、仕事の話なんて出来やしない。彼女がどうしているかも聞けない。刀はどこまでも無力だった。  新学期。すっかりボロボロになった刀は、憔悴しきった顔で登校した。職員室では校長にまで心配されるし、始業式で遭遇した司は、何かに気づいたようにハッとした顔をする。それくらい今の俺は惨めな姿をしているのだろうと刀は自嘲した。  放課後。美術室で一人、仕事をしているとノックが聞こえた。どうぞと甲高い声をかけると、引き戸が開いて司が入ってきた。懐かしいのに力なく笑うことしかできない。それが今の刀だった。 「先生、どうしたのですか? 具合が悪そうですよ」 「ああ、済まねえな。ここのところ食欲が無ぇんだ」  司が歩み寄る。その姿はどこまでも神々しい。刀が軽々しく触れてはいけないくらいに。 「病院には行かれたのですか? もし、まだなら一緒に行きましょう」  そう言って司は、椅子に座った刀と同じ目線になるよう身を屈める。いつもの刀なら不意打ちの口づけをしていただろう。 「大丈夫だ。心配はいらねぇ。司の顔を見たら元気になってきたぞ」  司は辛そうな顔をする。きっと、自分が刀を苦しめたと思い込んでいるのだろう。 「ごめんなさい。クリスマスから全然連絡しなくて」 「そんな顔するな。司だって受験で忙しいんだろ? それに……」  おまえにはもう佐伯がいるもんな、と言いかけて飲み込む。自分だって心の中には相川がいる。お互い様だ。 「……相川の仕事を探しているんだ」  その名前を口にしただけで、ほろ苦い。刀は司の目を見ずに続けた。 「なかなか長続きしなくてな。どんな仕事が向いてるか、幼馴染の司なら分かるか?」  司は何の疑いもせず、首をかしげて真剣に考えてくれる。刀は少し申し訳なく思った。 「仕事と言えるか分からないですけど……」  司は何か思い出したようだった。 「あいつは子どもの頃、よくヒーローになりたいって言ってたんです」 「ヒーローか……」  今では立派なヴィランの癖に、と刀は笑みが零れてしまう。 「当時は、曲がったことが大嫌いで正義感が強かったんですよ」  確かに司の言うとおりかもしれない。だから、今だって大人のずるさが許せないのだ。 「制服を着ることにも憧れていました。消防士とか警察官とか」  あの体格なら、制服を着ると映えるだろう。刀は頭の中で、様々な制服を纏った相川を思い浮かべた。司の前なのに股間が熱くなってしまう。 「意外と警備の仕事が合うかもしれないですね」  何の気なしに呟かれた司の言葉。けれども、刀にとっては大きなヒントを得られたような気がした。 「警備員か……」  いきなり正社員は無理でも、アルバイトとして潜り込ませることはできるかもしれない。すぐにでも相川に電話をして、部屋に来てもらおうと思った。もちろん、別の期待も秘めながら。 「ありがとう。やっぱり司は頼りになるな」  喜びを露わにした笑顔を向けると、司は戸惑いながらも少しホッとしたような顔をした。 「僕も手伝いますから、何かあったら連絡してくださいね」 「いや、受験を控えているんだ。そっちに専念しなきゃダメだぞ」  司は突き放されたと思ったのかもしれない。少し拗ねた顔で、こくりと頷いた。それじゃ帰りますね、と言って踵を返す。  引き戸が閉まる。結局、最後まで司の体には触れずじまいだった。力の限り抱きしめたなら、すべてが元通りになったのかもしれないのに。  刀はスマホを取り出し、相川に電話をした。呼び出し音が響く間、なぜか胸が早鐘を打って仕方なかった。まるで恋を知ったばかりの乙女のように。 ※  それから1ヶ月が経とうとしていた。今日は日曜日。刀はこの街で一番大きな商業施設に足を延ばしていた。けれども、店の中には入らない。荷物の搬入口や従業員の通用口がある裏口へと向かう。  少し離れたところから物陰に隠れて覗き込むと、裏口の前には制服に身を包んだ相川が立っていた。不審者はいないか、鋭く目を光らせている。出勤してくる従業員には一人ひとり頭を下げていた。それまでの自由奔放に生きていた姿からすると、ずいぶんな変わり様である。 「やれば出来るじゃないか」  想像したとおり、相川の制服姿は大柄な体格によく似合っていた。一段と男っぷりが上がって、刀の胸がときめく。あの姿で犯してくれたら、と疚しい妄想が浮かび、慌てて被りを振った。  刀はカバンの中からスケッチブックと木炭を取り出した。チラチラと覗いては、相川の雄姿を白い紙に描き込んでゆく。  いつしか刀は夢中になり過ぎていたらしい。いきなり首根っこを掴まれ、慌てて振り向くと、そこには仏頂面をした相川が立っていた。 「不審者発見。こんなところで何をしてるんだ」  そのまま詰所へ連れていかれそうになるのを、刀は必死で止めた。俺とおまえの仲じゃないかと。 「仕事中はそういう私情を挟めないのでね。決まりどおり、不審者は連れていかなきゃいけないんだ」 「わ、悪かったよ。おまえがカッコイイから、つい絵にしたくなったんだ」  そう言って、刀はスケッチブックを見せる。そこには誇らしげに仕事をしている相川の姿が描かれていた。悪い気はしなかったのだろう。相川は束の間表情を緩めた。 「見逃すのは今回だけだぞ。次は詰所に連れていくからな」  刀が大きく頷くと、相川は踵を返して本来の立ち位置に戻っていく。後ろ姿に見惚れていると、一瞬振り返り 「いつまで突っ立ってんだ。早く帰れ」 と怒鳴ってきた。刀は肩を竦めて、急ぎ足で立ち去る。もう相川は追いかけて来なかった。 「人ってここまで変われるものなんだな」  刀は感慨深げに空を見る。責任感のある大人の顔。自分の役割に忠実で少しのずれも許さない。あらためて、警備の仕事は相川に合っていたのだなと思う。そこに導けた自分を刀は誇らしく思った。 「この絵、完成させなきゃいけないな」  自分の部屋で、あらためてスケッチブックを開く。刀の筆致で凛々しく描かれた相川の姿。顔や体を指でなぞる。そのたびに様々な表情や動きを思い出して、刀の股間は熱くなった。これでは自分で抜かないと収まりそうにない。相川が訪ねてくるかもしれないのに、刀は我慢できなくてズボンを下着ごと脱いだ。

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