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相変わらずな僕ら(1) 司視点
「また寂しくなったら、いつでも連絡してくださいね。すぐ行きますから」
「うん。ありがとう」
車で送ってもらったいつもの公園。瞳を潤ませる刀に、司は自分から唇を寄せる。甘えるように吸いついてくるのが可愛いと思えた。このまま一人にしておくのは心配でしょうがない。けれども、もう家に帰らなければいけない時間だった。
「それじゃ、おやすみなさい」
そう言って、車から降りる。振り向くと、刀は泣きそうな顔をしていた。後ろ髪引かれる思いで立ち去ると、しばらくしてからエンジン音がうるさいくらいに鳴り響き、やがて遠ざかっていった。
司は大きくため息をつく。すっかり弱ってしまった刀を抱くという大仕事をしたというのもあるし、両親に嘘をついて飛び出してきた後始末を、どうつけようかと悩んでいた。
今から3時間前。司は本命の二次試験と、親が望んだ私立大学の試験に向けて猛勉強していた。共通テストは普段どおりの力を発揮できて、どうにか目標とする点数を獲得することができたけれども、余裕が無い分、もう少し頑張らないと本命に受かるのは難しい。
一方で、刀からずっと連絡が無いのが気になっていた。もちろん、学校に行けば会えるし、美術室で会話もできる。その代わり、メッセージや電話のやり取りは途絶えていた。
最近どうも、刀の様子がおかしい。元気も無いし、眼光も失われている。まるで何かに取り憑かれたみたいに、どこか落ち着きがなく、視線も定まっていなかった。
だから、刀が泣きながら電話をかけてきた時、いても立ってもいられなくなった。ついに来るべき時が来てしまったと。元々、涙もろい方ではあったが、あんな風に助けを求めてきたのは初めてだった。
「ごめんよ。俺、司に会いたい。寂しくて気が変になりそうなんだ」
その言葉に弾かれるように、司は部屋を飛び出した。もちろん、纏うのはダッフルコート。佐伯から貰ったレザージャケットではない。
夕食も終わった後だったので、当然、玄関で母親に止められた。
「こんな時間にどこへ行くの?」
「そ、それは……」
父親も玄関に出てきた。
「まさか、あの熊谷という教師に会いに行くのではないだろうな」
図星だった。それでも、首を縦に振ることはできない。その時、咄嗟に浮かんだのが佐伯だった。佐伯なら両親は許してくれるだろう。
「佐伯先生がこの街に来てるんだ。今すぐ会いたいって」
「あら、水臭いわね。家に遊びにいらしたらいいのに」
「もうお酒を飲んだから車は運転できないって言ってたよ」
我ながら上手な嘘だと思った。けれども、父親は信じてないらしい。
「本当だな? 後で私から電話をしておこう」
「別にしなくてもいいよ」
「何を言ってるんだ。おまえが世話になるんだぞ」
時間がない。これ以上、嘘を考える余裕はなかった。
「佐伯先生に会うなら、あのレザージャケットを着ていきなさい」
母親の言葉に司は首を横に振る。そんなことをしたら刀を傷つけてしまうだろう。
「今日は暖かいから、これくらいがちょうどいいんだ」
適当な言い訳をして、やっとの思いで外に出る。扉が閉まるなり、司は一目散に走り出した。せめて今は、嘘がバレないうちに遠くまで行かなければいけない。その後はどんな罰でも受けるから。
夜風は冷たく、身動きするたびに体を冷やしてゆく。司は今さらながら、あのレザージャケットが恋しくなった
※
ふと、メッセージアプリの着信音が鳴る。もう刀が部屋に着いたのかと思って画面を開くと、そこには佐伯の名前が表示されていた。
「私を利用して、親御さんに嘘をついたのかい? 電話がかかってきてビックリしたよ」
やはり両親は、司を信じられなくて佐伯に電話をしたのだ。急に足取りが重くなる。
司は公園の真ん中で佐伯に電話をかけた。本当はイヤだけれども、指が勝手に動いたのである。
佐伯はすぐに出た。開口一番
「どうせ、あの男のところに行ったんだろう。しかも無理に呼び出されて。困ったものだね」
と、まるですべてを見ていたかのようにのたまう。司はつくづく、この男の勘の良さが空恐ろしくなった。
「心配しなくていい。ちゃんと話は合わせておいたからね」
「あ、ありがとうございます」
ようやく肩の荷が下りて、司は素直に佐伯へお礼を言う。電話の向こうで笑い声が聞こえた。
「その代わり、この埋め合わせはちゃんとしてもらうよ。受験中だから邪魔しちゃいけないと思ったけど、あの男と逢引するなら話は別だ」
やはり、佐伯は一筋縄ではいかない。「楽しみにしてるよ」と言葉を残して電話は切れた。
きっと、そう遠くないうちに会いに来るのだろう。その時は何を求められても拒めない。むしろ、何でも言うことを聞かなければいけなさそうだった。
「最悪だ……」
司のため息が闇の中へ白く広がった。
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