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時に愛は(3) 司視点 性描写有

「さぁ、司。手首を貸して」  いつものホテルのスイートルーム。司は佐伯と抱き合った後、ガウンを纏い、ソファに並んで座っていた。おずおずと手首を差し出すと、そこに箱から取り出された腕時計が巻かれる。肌に触れる金属の冷たさが、永遠に外れない鎖のように感じられた。 「かざしてごらん」  佐伯にそう言われて、腕時計を窓から差し込む光にかざしてみる。手首にフィットした完璧なフォルム。一見、無駄がないようで文字盤に遊び心が潜んでいる。それが司や両親には簡単に手出しできないものであることは、腕時計に疎い司でも分かった。 「……こんなに高価な腕時計をいただいてもいいのですか?」 「上質な大人になるには、上質を知るのが一番だ。シトロエン、レザージャケット、スイートルーム、そしてフランク・ミュラー。司が同じくらい上質な大人になることを期待しているよ」  それでも司は、あのオンボロの黒い車や絵の具で汚れたジャージ、油絵具の匂いが充満した狭い部屋、手作りのお守りの方が今でも好きだった。 「……ありがとうございます。大切に使わせていただきますね」  司は佐伯に向かって丁寧に頭を下げた。 「今日は素直なんだね」 「だめですか?」 「いや、喜んでくれて嬉しいよ」  そう言って、佐伯はありったけの力をこめて司を抱きしめる。獣のような体臭が鼻腔を擽り、意識が遠のきそうだった。前もって抱かれていなければ、また漏らしていたかもしれない。 「あの男と別れる決心はついたのかい?」  口で答える代わりに司はこくりと頷く。佐伯は大げさにため息をついてみせた。 「これで良かったんだよ。初めから司にはあんな男、ふさわしくなかったのさ」  そんなことはない。自分が刀にはふさわしくなかったのだ。相川のように、打てば響くような情熱も激しさも持ち合わせていなかった。 「合わないものに無理に合わせるより、合うものに合わせた方がずっと簡単だし、楽なんだ。決心した自分を責めちゃいけないよ」  佐伯はそう言って、司の頭を撫でる。なんとなく、つまらない決心をしたような気がして、司はこの話題を打ち切りたくなった。 「(おさむ)さんとは、しばらくお別れですね」 「本当は一緒に東京へ行きたかったんだが、あいにく次の赴任先が決まっていてね。でも、すぐに追いかけるから待っているんだよ」  どうやら佐伯は、どんな約束でも守るほど律儀らしい。司はしばらく自由でいられることに安堵した。 「先生を続けてくださっても構わないのに」 「そうはいかないさ。一人にしておくと心配だからね」  唇が重なる。司は抵抗せずに舌を受け入れていた。これからも自分はこの男の言いなりになるのだろう。身体的な魅力と財力に縛られて。ならば、精一杯利用してやるまでだ。 「攻さん。これからも僕のこと、よろしくお願いしますね」 「もちろんさ。お安い御用だよ」  司はソファに押し倒された。ガウンが開かれ、昂った佐伯が再び侵入してくる。いつになく自分に優しく接してくれる司に感激しているようだった。 「司。君は永遠に私のものだよ。誰にも渡したくない」  それでも、心の奥底までは渡さないと司は誓う。体が火照っていく中で、そこだけが氷のように冷たかった。

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