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番外編② 現実ではじめまして・前編①

 1週間がようやく終わった金曜日、定時に退勤した俺はのそのそと電車に乗り込む。明日寝坊しないためにも今日は早く寝ないと。そう思いながらスマホを見ると、SNSアプリからの通知が届いていた。  送り主は明日会う予定の相手で、送ってきた時間は今から30分前。俺は慌ててメッセージを開いた。 『やっぱり会うの今日にしない?』  内容を確認して、疑問に思いながらも拒む理由はないので大丈夫だと返信する。会ったときに聞けばいいやと思っていると、すぐに既読がついた。送られてきたメッセージに書かれていたのは、待ち合わせ時間と場所。 (待ち合わせ時間は22時で、場所は……)  スマホで現在時刻と指定された駅名を確認すると、家に帰ってから荷物を持って出ても十分な時間だった。遅い時間だから夕飯も食べれそうなら食べてきて、と続けられたメッセージに、オッケーのスタンプを送る。  俺は逸る気持ちとニヤけそうになる表情をなんとか抑え込みながら、電車が自宅の最寄り駅に着くのを待った。 (帰ったら急いで飯食って、風呂で準備しねえとな……)  思いがけず早く出番が来そうなアナルがキュン、とヒクつく。股間も反応しそうになり、周りの人にバレないようにゆっくり深呼吸をした。  それにしても、本来なら明日の昼に待ち合わせてどこかで一泊する予定だったはず。1日繰り上げたということは、日曜になにか急用でも入ったのだろうか。だとしたら明日もあまりゆっくり一緒にいられないかもしれない。  少しだけ感じる寂しさを紛らわせるため、地図アプリで指定された駅を調べる。明日の集合場所は繁華街だったが、表示された場所の周辺は賑わっているようには思えない場所。どこで待ち合わせても最終的にはホテルに行くのだからいいか、と俺はスマホを鞄にしまう。  最寄り駅に着くと、電車を降りて急いで家に向かった。頬が熱いのは、走ったからだけじゃなくて、これから起こることへの期待と興奮。  俺はこれから、男に抱かれに行く。相手はもちろん――NPC姦プレイヤーのときに出会った攻めプレイヤー、シュンだ。  *  軽めの夕飯も取ったし準備も万端で、必要な荷物は全部肩にかけたトートバッグの中に入れてある。顔がニヤけないように気をつけながら電車に揺られ、俺は約束の10分前に待ち合わせの駅に着いた。  改札を出た俺は通行人の邪魔にならないように端の方に寄り、壁を背に立つ。スマホを取り出してSNSアプリを開き、改札を出たとシュンにメッセージを送る。ついでに画面をスクロールして、確認のために以前彼が送ってきた写真を開いた。 「あ、いたいた。やなぎ、お待たせー」 「え……っ?」  急に自分の名前を呼ばれ顔を上げると、1人の青年が目の前で立ち止まった。俺よりも背が高くて、ラフな格好に身を包んだモデルみたいな体型。見ただけでサラサラだとわかるライトブラウンの髪に、アイドルや俳優だと言われても納得してしまうくらい整った顔。俺が今まで出会った中で1番じゃないかというくらいのイケメンがそこにいた。  初めて会うはずなのに、俺はこの人のことを知っている。なぜなら先ほど俺を呼んだ声は仮想空間で何度も聴いたイケボと同じだし、なによりも今俺のスマホに表示されている写真と同じ顔をしているから。 「シュン……じゃなかった。季春(すえはる)、さん?」 「うん。季春でいいよ。まあシュンもあだ名みたいなもんだし、好きに呼んで」 「わかった。季春……えっと、はじめまして、でいいのか?」 「あはは、リアルではそうだね。よろしく、埜渚(やなぎ)」  そう言って微笑む目の前の青年こそ――今日待ち合わせていた攻めプレイヤーのシュンこと、九島季春(くしますえはる)だ。写真が送られてきたときから思っていたが、こんなイケメンがゲーム内で3週間も俺を探し回って抱いていたなんてとても信じられない。  これは都合のいい夢なんじゃないかとすら思い始めていると、季春が俺の手を引いて歩き出した。 「わ、ちょ、待っ……!?」 「どしたの、早く行こ」 「いや、手、まずいだろ……っ」 「えー?」  慌てた声で言うと、季春はにやりと笑って指を絡めてきた。振りほどこうとするがさらに強く握られながら引かれ、恋人繋ぎをしたまま駅を出る。  誰かに見られるんじゃないかと気が気じゃなくて、背中に汗が伝う。たしかに最近ゲーム内ではこの繋ぎ方をして並んで歩くことことも多い。だけどここは現実世界で、俺たちは手を繋いで歩くような関係じゃない。  あたりをキョロキョロと見渡す俺の耳に、くす、と笑う声が届いた。 「夜だし人もいないから大丈夫でしょ。男同士で手を繋いじゃいけないわけでもないじゃん?」 「……そ、そうだけど……」  彼の言うとおり、たしかに通行人はほぼいない。たまにすれ違う人も、俺たちのことなんて気にしていない様子だ。それならいいかと緊張がほぐれた俺は、そのまま手を繋いで歩いて季春について行くことにした。繋いだ手から彼のぬくもりが伝わってきて、次第に手を離したくないという気持ちが芽生えていく。  しばらく歩いて、あれ、と疑問を抱いた。こんな時間だし、俺たちはすぐに致すためにラブホに向かっていると思っていたのだが、彼は住宅地の方に向かっている。 「なあ、どこ行くんだ? この辺ラブホなんてあるのか?」  疑問を投げかけると、季春が少しだけ目線をこちらに向けた。 「んー? ラブホじゃなくて僕の家。あと少しで着くよ」 「は? 家? なんで?」  予想外の答えで頭に疑問符がたくさん浮かぶ。季春は歩調を遅くして俺の隣に並ぶと、耳元に顔を寄せた。 「だって、日曜までたっぷりえっちするんだから。連泊するくらいならはじめから僕の家でいいでしょ? 時間とか気にせずにいーっぱいできるよ」 「は、え、日曜……は……?」  俺にだけ聞こえる声で囁かれた言葉が処理できなくて、思考が停止する。なんとか頭を再稼働させて言われた内容を飲み込むと、俺の顔に熱が集中した。 「え、なんだ。今日に変更したのって、日曜に急用ができたから早めたとかじゃなくて……」 「明日まで待てなくって。早く会いたくなっちゃった」 「いや、マジか……」  心臓がバクバクとうるさい。顔どころか、身体中が熱くなってくる。ぎゅっと肩にかけたバッグの紐を握ると、俺はふと思い出した。 「あ。俺、一泊だけだと思って、着替えも一泊分しか持ってきてない……」 「ん? まあ大丈夫でしょ。服は僕の貸すし……それに……着てない時間の方が多いかもねえ?」 「な……っ!」  最後の方は本当に小さな声で、耳の中に流し込むように囁かれた。思わず声を上げてしまい、慌てて口を噤む。再度俺も声をひそめて、彼に耳打ちする。 「ぱ、パンツは……一応買っておきたい」 「あは、いいよー」  俺たちは季春の家に向かう前にコンビニに立ち寄ることにした。誰かの家に泊まることも、コンビニでパンツを買うことも初めてじゃない。だけど、今日はやけに胸がドキドキした。

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