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番外編② 現実ではじめまして・後編①

 ――なにか柔らかいものが顔に押しつけられている感触と、ちゅ、ちゅ、という音。ぼんやりと意識が浮上していくと、それがキスだということに気づく。 「ん……」 「おはよ、やなぎ」  耳に届く声は蜂蜜のように甘い。効果音も相まってASMRとして完璧だと思いながら目を開けると――声と同じくらい甘くとろける笑みを浮かべたイケメンのどアップ。  目の前のイケメンはまた俺の顔中にキスを降らせながらぎゅっと抱きしめてくる。ようやく頭も働いてきた俺は、彼の背中に手を回す。 「すえはる、おはよ……」  思った以上に掠れた声なうえ寝起きで口が回らないながらも返事をすると、言葉も吐息も一緒に彼の口の中に飲まれていく。昨日と同じように寝起きにもかかわらず、濃厚に舌を絡めながらのキス。お互い服を身につけていないから、よりいっそう甘い空気が漂っている気がする。 (なんかすげえ、恋人みたいな……ああ、恋人だったな)  そんなことを考えていると舌を甘噛みされ、その拍子に昨日のことがフラッシュバックする。俺と季春の間で関係性の認識の違いが起こり、そのせいで身体中に彼の存在を教え込まれたのだ。  今何時かわからないが日は昇っていそうなので、数時間は寝たはず。だけど身体はだるくて、昨日の情事の激しさを改めて実感する。セックス自体は気持ちよかったし季春の欲に染まった顔や声は大変素晴らしかったが、あんなに激しいのはしばらく遠慮したいところだ。 「ん……♡ あ、そういや……」 「どうかした?」  唇が離れた瞬間、俺はぽつりと呟く。どうやら気絶してしまったようで記憶が途切れてしまっているが、俺の身体は昨日と比べ綺麗になっている。季春の顔を見ると、ふわりと微笑んで首をかしげていた。 「後処理、してくれたのか?」 「一応ね。さすがに抱えて風呂場に連れてくのは無理だったけど、身体拭いたりナカのをかき出したりはしたよ」 「な、ナカの、って……」  俺は耳まで熱くなるのを感じながら、自らのアナルに指を這わす。たしかに昨日散々注がれた液体がすぐに垂れてくる様子はない。  くすくす笑いながら季春が俺の耳を甘噛みする。 「精液♡ さすがに指じゃ全部出せなかったから少しは残っちゃったけど。シャワー浴びるのと残りをかき出すから……一緒にお風呂入ろうねえ♡」 「え、いや、一人で大丈夫……っ」  そうは言ったが、結局一人では風呂場に行けず。季春に支えられながら浴室に入った俺は、彼によって残りのザーメンをかき出され身体も綺麗に洗われたのだった。 「次は準備もしてあげるからね」 「それは……さすがにやっぱり……」  季春が俺を後ろから抱きかかえるような体勢で2人で浴槽に浸かりながら楽しげに言われるが、俺はゆっくりと首を横に振る。もう身体を隅々まで暴かれてしまったが、そこだけはまだ抵抗があるのだ。 「んー、まあまだしょうがないか。でも、そのうち……ね?」  妖しげに微笑む季春に嫌な予感をひしひしと感じたが、俺はひとまずなにも考えないことにした。  温かい湯に浸かりながら己の身体を見ると、思った以上にキスマークがついていることに気づく。服を着れば見えない位置ではあるが、しっかりと残る情事の痕。恥ずかしいような、嬉しいようなむずむずする感覚を味わいながら、背後の季春に身体を預け立ち上る湯気を眺めていた。  *  昨日があまりに激しすぎる行為だったから、今日はキス以上のことはせずのんびりと過ごすことになった。  風呂から上がったあとは、昨日と同じように季春が作った料理でランチタイム。昨日ほんとは夕飯に出すはずだったという作り置き料理はやっぱりめちゃくちゃ美味い。自分が思っていたよりもお腹がすいていたようで、食卓に乗った料理をぺろりと平らげてしまった。 (そもそも昨日なんか食ったっけ……)  休憩しているときに季春が軽くて水気のあるものを食べさせてくれたような気はする。記憶をたぐり寄せていると彼とのセックスを思い出してしまい、顔に熱が集まっていく。 「やらしい顔して誘ってる? 今日はさすがにシないよ?」 「ちっがう……っ!」  季春にくすくすとからかわれたりしながらも、食後は彼の部屋でくつろいで過ごした。抱き合ったりキスしたりしながらゲームのことやお互いのことを話す。交際や恋人といちゃいちゃということは初めてで、気恥ずかしい感じもあるけどこんなに楽しくて幸せなんだということを知った。  ゲーム内で会っていたときから気づいたようだが、季春はスキンシップが好きなようだ。トイレに立つ以外はずっと俺の身体のどこかに触れていて、キスもたくさんされた。触れ合うだけのものから、優しく舌を絡めるものまで。彼の体温が心地よくて、俺はだんだん離れがたい気持ちになっていった。  しかし、楽しい時間はあっという間に過ぎるもの。気づけばもう夕方だ。今日は日曜日で、明日からまた仕事だから帰らなければいけない。 「ねえ、やっぱり今日も泊まれば? 僕の家から通勤すればいいじゃん」 「でもほら、服とか仕事の物とか家にあるし。帰んねえと」 「1回取りに行ってまた帰ってくればいいじゃん。そうしなよ」  食い下がってくる季春の顔があまりに寂しそうで、折れそうになりながらもなんとか提案を断る。甘い声で誘惑してくる彼を強い心でいなしながら帰り支度をしていると、昨日の洗濯物が干しっぱなしだったことに気づいた。 「そういや俺の服も干させてもらってたよな。お前の洗濯物も取り込んで大丈夫か?」 「取り込むのは別にいいけど服は置いていきなよ。昨日の服も洗っておくから洗濯機に入れといて」 「いや、それはさすがに着替えがなくなるし……」  そう返しながらも、いつでも泊まっていいと言われているようで俺の胸は高鳴っていく。下着くらいならいいんじゃないかと心が揺らぎながら、俺はベランダに出て自分の服と一緒に季春の服も取り込んだ。ふと空を見ると夕日がすごく綺麗で、眺めているとだんだんもの悲しくなってくる。  部屋に入るやいなや季春に抱きしめられる。甘い吐息を耳に流し込まれ、身体が熱くなっていく。 「仕方ないから、今日は帰らせてあげる。けど、また金曜日にここに来ること。今度は会社から直でね。わかった?」  ちゅ、ちゅ、と耳やこめかみに口づけられる。このとろける誘惑ボイスにあらがえる人間はどれくらいいるんだろうか。 「わかった……絶対、来るから。約束する」 「あは、いい子」  後ろ髪を引かれる思いで季春の家をあとにして、電車に乗り込む。夢のような3日間だった。だけど身体に残る痕やまだだるい腰が、現実だと教えてくれる。ニヤけそうになる顔を引き締めながら、俺は自分の家に帰っていった。

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