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番外編③ 新しい日常はすぐそこに(攻め視点)⑥
「……ふふ。そっかぁ」
小さく呟いて、やなぎのあとに続いて下りのエスカレーターに乗る。彼は軽くこちらに振り向きながら、口を開く。
「もしあいつから連絡来たら、すぐ言うから」
「うん」
「会うってなっても2人きりじゃ会わない……つーか、みんなで会う感じになると思う。ちゃんと終わったらすぐ帰るし、連絡する」
「うん、そのときは迎えに行くね」
嫉妬心が収まった僕は、やなぎに向かって微笑みかける。僕の返事ににこりと微笑んだ彼は前に向き直り、下の階へと向かう。
(自分でも嫉妬深いのはわかってる)
やなぎの後頭部を見つめながら、僕は心の中で呟く。自分でも自覚しているし、昔付き合った彼女からもそれが原因で振られたこともある。
ただでさえ嫉妬深いのに、やなぎは僕にとって初めて付き合う同性の恋人。彼の友人ですら僕にとっては警戒すべき相手なのだ。自分でも厄介だと思う。
だけどやなぎは僕の嫉妬深さを煩わしく思う様子はなく、むしろ先ほどのように僕の不安を和らげるようなことを言ってくれる。自分を信じてないのかと怒るどころか、自分も嫉妬するからおあいこ、と笑うのだ。
そんなやなぎが愛おしくてたまらない。だから、彼が友人と遊びに行きたいと言うならなるべく行かせてあげたい気持ちはある。
(僕にもどうしても断れない誘いはあるし、やなぎだけに無理強いはしたくない。それにきっと、誘いがあるときはマロンズも一緒のはず)
最初に見かけたときはやなぎを狙う男の1人だと警戒したけど、今では一緒にパーティーを組むこともあるマロンズ。
現実でもミメンチを含め4人でご飯に行ったこともあるし、マロンズがやなぎにこれっぽちも恋愛感情がないのはもうわかっている。集まりにやなぎが参加したときはさりげなく様子を報告してくれることもあり、今では僕にとってもよき友人だ。
(頼むね、マロンズ)
なんて心の中で声をかけていると、前にいたやなぎがエスカレーターを下りて歩き出す。気づけば1階に着いていて、僕たちは出口に向かう。店を出ると、すっかり日が落ちて街灯やビルの光があたりを照らしていた。
「季春……このあとなんだけどさ……その……」
やなぎは僕の隣に並んで歩きながら、恥ずかしそうに口ごもる。彼の方に軽く顔を寄せると、彼は近くをきょろきょろと見回した。近くに人がいないのを確認した彼は、おもむろに口を開く。
「……ちょっとだけ、ラブホ行かないか……? に、2時間……いや……3時間、くらい……」
だんだん声が小さくなっていき、やなぎは俯いた。顔は見えないけど、街灯に照らされた耳が赤くなっている。先ほどそわそわしているように見えた理由がわかり、僕はにやけそうな口元を手で覆う。
うかがうようにちらりと僕に視線を向けるやなぎ。僕も先ほどいいかけた内容を言うために口元を覆っていた手を外し、小声で話し始める。
「僕……明日午後から用事があるから有休取ったんだよね。だから、ホテルじゃなくて……キミの家、行ってもいい?」
僕の言葉を聞いたやなぎが目を見開いてぴたりと立ち止まった。ぽかんと開いた口に舌をねじ込みたい衝動を抑えていると、彼ははっとして再び歩き始める。
「お、俺はいいけど……明日、間に合うのか?」
「うん。明日必要なものは鞄に入れてきたし。ほかのものは……問題ないでしょ?」
僕の問いかけに、やなぎは口元をにやけさせながらこくんと頷いた。彼の服や泊まる際に必要なものが僕の家にあるように、彼の家にも僕の私物がいくつか置いてある。家に行くという言葉が泊まるとイコールなのは僕たちの不文律で、今日ももちろんそのつもりだ。
「……っ、早く帰ろ、季春」
期待に満ちた目を僕に向けたあと、やなぎは駅に向かってそそくさ歩いていく。僕はくすくすと笑いながら彼のあとに続いた。
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