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猫と鈴と夕暮れの神社2

「……んっ」  意識が浮上してくる。寝てたにしては頭が重いし、体も重い。風邪でもひいたのだろうか。いや、その前に俺寝てたっけ? 家に帰ったつもりだったけど、まだ大学で授業中に寝ちゃったのか。電車で座れることはほぼないので、電車の中ということはないだろう。それとも家に帰ってから寝てしまったのか? ルナが脱走した気がしたのは気のせいなのか。ルナが脱走してたら、のんびり寝ることはないだろうから。  ゆっくりと体を起こし、頭をあげる。うー。なんだろう吐き気がして、胸がむかむかする。吐くほどではないけれど、いっそ吐いてしまった方が楽になりそうだ。吐きそうになったら我慢せずに吐いてしまおう。あまりの体調の悪さに目を開けるのも嫌だけれど、家にいるならいいけれど、もし大学にいるのならなんとかして帰らなくてはいけない。そう思ってのろのろと目を開けると周りの景色が思っていた家とも学校とも違って俺はびっくりした。俺の目に飛び込んで来たのは、背が高くて白い円柱が3本。なんだ、これは? 吐き気がするのを我慢して周りを見渡すと、凱旋門のような門、崩れかけている石造りの建物。どこかで見たイタリアのフォロ・ロマーノの遺跡に似ている。ん? 遺跡? 日本にそんな遺跡は存在しない。だって凱旋門のような門は昔も今もそんなものは存在しないし、崩れかけている石造りの建物なんてピンとこない。日本は今でこそ鉄筋コンクリートだけど、昔は木造建築で石造りの建物なんてものは昔も今も存在しない。どういうことだ? 気分が悪いのを我慢して、辺りをよく見渡すと、ほんとにフォロ・ロマーノの遺跡によく似ている。え? 俺、イタリアになんて来たの? え? それともこれが夢? そうだよな。日本にこんな石造りの遺跡なんてないし、パスポートも持っていない俺が大学を休んでまでイタリアに来るはずがない。そうしたら、夢としか思えないじゃないか。  ――チリン  小さく鈴の音が鳴って、音の方へ目をやると、俺の足元にルナがちょこんと座っていた。ルナ? ルナも一緒なのか。ん? ルナ? そうか。やっぱりルナは脱走して、追いかけ疲れて家に帰ってから寝てしまったのか。そして、今、ルナは俺の夢の中に出てきているのか。 「ルナ。お前のせいだぞ」  俺がそう言うとルナはにゃ〜と暢気に鳴いた。人がこんなに体調悪いのにルナはなんでもないようだ。ってか、夢の中で体調悪いとかなんなんだよ。  ルナはもう一度俺の顔を見て鳴き、どこかへ行こうとして、俺の方へ振り返ってもう1度鳴く。なんだ? ついて来いっていうのか? 「ルナ。今はいけないよ。頭も体も重いし、吐き気がするんだ。後で遊んでやるから、それまで待っててくれ」  俺がそう言うと、ルナは表情の読めない目で俺を見てから、どこかへ行ってしまった。夢の中でまでルナの遊び相手になるのか。いや、それより、夢の中で体調悪いのはどうにかしてくれ。なんだろう。全力でルナを追いかけて疲れて寝てしまうのはわかるけれど、頭と体の重さ、吐き気の理由がわからない。いくら追いかけて疲れたからってそんなになるほど柔じゃないはずだ。  それよりここはどこなんだろう? なんとか上体を起こして、辺りを見渡す。ほんとに写真で見たフォロ・ロマーノに似ている。でも、どことなく違う気がする。それにまだ明るいのに、どこにも観光客がいない。あ、夢だから俺1人なのか。だとしたらルナはどこへ行ったんだ? ルナがどこかへ行こうとして、俺についてこい、みたいな顔をしているのを待ってろって言ったのは俺だけど、なんだか急に寂しくなってきた。いくら夢の中とは言え、体調悪いときに1人にはなりたくないな。ルナ、帰ってこないかな。 「ルナ? いないのか?」  俺が名前を呼ぶと、かなりの確率でにゃ〜と鳴きながら俺の方へ来るけれど、今はしばらく待ってもルナの鳴き声は聞こえないし、姿は見えない。ほんとにどこかへ行ってしまったようだ。でも、どこへ? どこかへ遊びにいったのだろうか。きっとそうだ。そうしたら、遊び飽きるまで帰ってこないな。それより、夢の中とはいえ外だけどいいのかな? ルナは脱走癖があるから、今年のワクチンは一応外飼い猫用のワクチンにして貰おうか。あぁ。それにしても怠いし、気持ち悪い。寝てしまいたい。でも、こんな外で寝るわけにはいかず、せめて寄りかかりたくて、頑張って立ち上がり、そばの円柱まで行き、そこに寄りかかって座った。ここならルナが帰ってきても俺に気づくだろう。それにしても今は何時なんだろう? ポケットに入れたスマホで時間を確認しようとしたら、画面は真っ暗だった。充電が切れるほど少なくはなかったけど、夢の中だからだろうか。腕時計をしない俺にはスマホ以外に時間を確認する術がない。でも、さっきよりわずかに陽が傾いてきている気がするんだけど気のせいだろうか。夢の中で陽が暮れるなんてことはあるのか? もしあるのならば、それまでにはルナに帰ってきて欲しいけど。ルナは黒猫だ。暗闇に姿が溶け込んじゃって、緑色の目だけが光るのだ。嫌だな、それまでには目を覚ましたいな。ああ、でも眠い。ルナが帰ってきたら起こしてくれるだろう。そう思って俺は目を閉じた。

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