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貴族院の嵐1
俺が家庭教師につきエルドランドの文字と読み方を学び、簡単なものならなんとかなるようになったけれど、本を1冊読むのはまだまだ難しい。文字とアルファベットを対比させて覚えているのだけど、文法が何気に難しい。語順だって日本語とは違う。だから習得にはまだまだ時間がかかりそうだ。
そして勉強をする傍ら、時間があると俺は厨房に足を運ぶようになった。ニコラスさんはお客様が厨房に足を運ぶなんて、と言っていたけど勉強の息抜きをしたいし、なによりアベルさんの作る料理を覚えたいというのもあったし、たまにレオニスさんに俺の作った和食を食べたいと言われることもあり、このときはアベルさんに作り方を教えながら料理をすることがある。おかげでアベルさんとは仲良くなった。ニコラスさんにバレたら怒られそうだけど、1度一緒にお酒を呑んだことがある。焼酎ができたとき、こっそりと少量貰って、炭酸水で割って2人で呑んだのだ。アベルさんがそれを気に入ったのは2人の内緒だ。レオニスさんに言われて料理を作る以外のときに俺が厨房へ足を運ぶことをニコラスさんは難しい顔をするけれど、俺の息抜きだからと目を瞑って貰っている。そして今晩は和食を食べたいと言われて、夕方堂々と厨房へと足を向けた。
「今日はなにを作るんですか?」
「とんかつと茶わん蒸しを作ろうと思って」
「茶わん蒸しは、あのプリンのようなものですよね」
「そうです」
茶わん蒸しは以前何度か作ったことがあるからアベルさんも知っている。
「とんかつとは?」
「厚みのある豚のロースやヒレのスライス肉に衣をつけて揚げたものです。レオニスさんが明日から国会が開催されるって聞いたから」
国会でどうしても通したい法案があるとニコラスさんに漏らしているのを聞いたことがある。だから、勝って欲しくてとんかつにしようと決めた。とはいえ、とんかつが縁起がいいって思うのは日本語だからなんだよね。こっちの言葉では”かつ”と”勝つ”はイコールにならないから。でも、俺の中ではイコールになってるから勝って欲しいから験担ぎでとんかつにした。そのことはアベルさんは知らないけと、俺の言葉でなにか験担ぎがあるのだろうと悟ったらしい。
「じゃあ旦那様には美味いとんかつを食べて、明日からの国会を頑張って貰いましょう。俺は茶わん蒸しを作りますよ」
「はい。お願いします」
茶わん蒸しをアベルさんに任せれば、とんかつだけだから楽だ。茶わん蒸しをアベルさんは気に入ってたからすぐに覚えたみたいだ。
「旦那様がお帰りになりましたので、食事の準備をお願いします」
ニコラスさんがそう言いに厨房に来たので、俺は油に衣をつけたかつを投入した。揚げたての柔らかくて美味しいのを食べて欲しくてレオニスさんが帰ってくるのを待っていたんだ。そしてアベルさんは冷蔵庫に入れておいた茶わん蒸しを取りだし、千切りにしたキャベツをお皿に盛ってくれた。俺は千切りがあまり得意じゃなくて時間がかかってしまうんだけど、アベルさんはさすが料理人ですごい早さで千切りにしてしまう。なのでアベルさんにお願いして切っておいて貰ったんだ。
衣がちょうどいい色になったところで油から上げ、キャベツの横に置いた。和食が食べたいと言われたけど、今日俺はとんかつしかあげてない。そのうち和食が食べたくなってもアベルさんが作っちゃうんじゃないかと思うくらいのスピードでアベルさんは吸収していっている。まぁ、他にもまだまだあるけどね、和食は。
ニコラスさんがレオニスさんと俺の分の食事を運ぶとき、俺は肉を柔らかくしてほぐしたルナの食事を持ってダイニングルームへと向かった。ルナは今日は厨房に来なかったから、きっとどこかで遊んでいるのだろう。さて、屋敷のどこを探せばいいかと思ったけれど、ルナはレオニスさんに抱っこをされてダイニングルームにいた。どこでレオニスさんに会ったんだろう。まぁでも広い屋敷の中を探す手間が省けて良かった。だって東京の俺の部屋は1DKだから探す必要もないけれど、こんなに何部屋もあったり庭もあったりしたら、どこから探したらいいかわからない。まぁルナもお腹が空けば俺のところに来るだろうけど。
「今日のこれはなんだ?」
給仕されたとんかつを見てレオニスさんが訊いてくる。
「とんかつです。明日からの国会で勝てるように験担ぎで、豚肉を揚げたものです」
「そうか。ありがとう」
少し難しい顔をしていたレオニスだけど、俺が験担ぎだと言うと表情が柔らかくなった。うん。この表情が見れただけでもとんかつにした意味はあるな。俺は政治のことなんて良くわからないけど、通したい法案があるって言ったらそれは通させてあげたいと思う。俺にはなにもできないから、せめて料理ぐらいはさ。
「豚肉だというのに、柔らかいのだな。うん、これは美味しいな」
レオニスさんが顔を柔らかくしてそう言ってくれたので、もっと色々作ってあげたいと思った。
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