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貴族院の嵐4

「……失礼します。お茶をお持ちしました」  中からレオニスさんの声が聞こえた。 「入れ」  ドアを開けると、2人の視線が同時にこちらを向いた。ヴァルター侯爵の鋭い灰色の目が真っ直ぐ俺を射抜く。その目を見た瞬間、心臓がどくんと跳ねた。怖い……。 「この者は? 新しい使用人か? それにしては制服ではないようだが」 「私の客人で、少しの間ここで静養して貰っています」 「しかし、見たところ庶民のようだが」 「彼の国では貴族はいないそうです」 「ふん。貴族のいない国だと。庶民が政治をしているのか。碌なものじゃない」  庶民が政治をするのは碌なものじゃないって? 貴族が偉いと思ってるのか? そっちの方が碌でもないじゃないか。  カップを置いたらさっさと部屋を出よう。気分が悪い。カップをテーブルにそっと置いて俺は部屋を出る。 「失礼しました」  ドアを閉める直前、ヴァルター侯爵の冷たい声が聞こえた。 「若者は理想に酔う。だが、現実はそんなものでは政治はできない」  その言葉が妙に耳に残った。  トレイを持って厨房に戻る。ルナは厨房の入口に座っていた。俺はトレイを置くと盛大に大きなため息をついた。 「お疲れ様です」 「すっごい緊張しました。ってか、すっごい嫌なヤツですね」 「まぁ貴族以外は人間じゃない、みたいな思想の持ち主らしいですし」  そう言ってアベルさんは皮肉っぽく笑う。   「ああ。そんなようなこと言ってました」  貴族のなにがそんなに偉いと言うんだろう。庶民のなにが悪いんだ? 人を爵位でしか見れないのはどうかと思うけどな。 「婚約の話、なにか言ってました?」 「婚約は進んでいるのかって聞かれてましたけど、婚約者がいるんですか?」 「婚約者がいるのって本当だったのか。いや、そういう噂はあったんですよ。でも、誰もはっきり聞いたわけじゃないから確かじゃなかったんだけど。そうか、婚約の件は本当だったのか」 「でも、来たことないですよね」 「今のところないですね。それは話しが進んでないからなのかもしれないけれど」  レオニスさんはあのヴァルター侯爵の姪とほんとに結婚するんだろうか。あんな人の姪だから、同じように爵位でしか人を見れなさそうだ。いや、偏見を持っちゃダメだけど。もしかしたら全然似てないかもしれない。でも、もしいい人ならレオニスさんも話しを進めるんじゃないかな。あの人の姪ってなると断れなさそうだし。でも、あんな人を見ると、ほんとに日本は華族制度を廃止していて良かったと思う。華族だと言ったって子爵や男爵だったら上位華族に馬鹿にされそうだし、なにより庶民は下に見られる。数で言ったら庶民の方が多いのに。 「お相手がいい人なら良いのだけど。ちょっと不安ですね」  アベルさんがそう言う。ほんと相手がどんな人か不安。って、俺はここの客人であってあっちの世界に帰る身だから、その婚約者っていう人にもしかしたら会うことはないかもしれないけど、今日、婚約の話しが進んでないと知ったヴァルター侯爵が強引に進めてしまえば俺だって会うことはあるかもしれない。だって、まだ帰る方法がわかってないんだけど。 「まあ俺の場合は、まずいとか文句言われるくらいだろうけど」  厨房で料理してるだけじゃないか。文句を言われることもあるのか。それはイヤだろうな。メイドさんやニコラスさんだけじゃないんだ。でも、イヤなヤツなら客人である俺にだってなにか文句を言ってきそうだ。 「俺にもなにか言ってきそうです。俺、貴族じゃないし」 「いや。でも、タクヤさんは客人なんだから」 「でも、ヴァルター侯爵は俺が客人であっても言ってましたよ」 「うわ。婚約流れてくれたらいいのにな。旦那様には気立てのいい人が似合っていると思うんですけどね」    ほんとだよ。レオニスさん優しい人だから相手の人も穏やかで優しい人の方が似合ってると俺も思う。でも、ヴァルター侯爵じゃないけれど、貴族である以上、家のために結婚するんだろうな。確かにその場合は相手は選べなさそうだ。 「貴族って大変ですね」 「タクヤさんの国には貴族っていないんですか?」 「いません。エンペラーがいるけど、あとは皆庶民です。だから爵位がどうとかありません」 「へ−。そういう国もあるんですね。俺が庶民だから言うわけじゃないけど、身分がどうとか、もう今の時代いらないと思うんですけどね。でも、国王陛下が廃止にしないんだから、いくら俺たち庶民が言ってても無駄ですけどね」  そっか。国王の一声か。なかなか難しいな。憲法で法の下の平等というのがあればいいのに、多分ないんだろうな。そうしたら貴族制度を廃止するのは難しそうだ。国王次第だな。うん、やっぱり日本は華族制度廃止してあって良かった。異世界にいてそう思った。

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