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庶民街の灯3

 正直、明後日は眠っていたい。けれど、それで取れるのは体の疲れだけで精神的な疲れは取れない。それなら明後日は精神的疲れをとることを選んでもいいのではないか。もちろん庶民街で疲れが取れるわけではない。それでも、今の庶民の暮らしを見て、私の取ろうとしている法案の中の庶民と乖離していないか。それを答え合わせをしたい。そうだ。庶民街へ行こう。そう決めると不思議なくらい胸が軽くなった。政策のためでも、戦略のためでもなく、ただ”自分のため”に。誰も私を責めない1日。民の息遣いを思い出す1日。けれど、そんな場所に1人では行きたくない。今の私を無理に強く見せなくてもいい相手。計算も政治も関係なく、ただ話せる相手。そしてなにより、一緒に行こうと約束をした相手がいる。 「タクヤ。明後日、一緒に庶民街へ行かないか」  私がそう言うと、ニコラスは一瞬取り乱し、タクヤは一瞬目を丸くしたけれど、すぐに笑顔になった。さて、ニコラスとタクヤのどちらが先に口を開くか。そう思って見ていると、ニコラスの方が早かった。 「旦那様。お願いです。警備を巻かないでください。危険です」  以前、庶民街へ行ったときに警備の者を巻いてしまったから、ニコラスは念を押したのだろう。明後日はタクヤがいる。救世主を危険な目にはあわせたくないので警備は巻くのはやめよう。 「巻かないと約束しよう」  私がそう言うとニコラスはあからさまにホッとした顔をした。そんなに心配したのか。そう思うと今更だけれど、申し訳ない気になった。  ニコラスとの会話が終わるとタクヤは微笑んで言った。 「楽しみです。市場とかあるんですか?」 「ああ。それに屋台も出ている」  と、私が屋台という単語を出すとニコラスが注意をしてくる。 「旦那様。屋台のものは食べないでください。衛生面で少し不安が残ります。特に水が」  確かに、溜水は少し不安だ。ここはニコラスの言うことを聞こう。 「わかった。屋台のものは口にしない」 「そうですね。屋台は少し不安になりますよね。レオニスさんは俺なんかと違うから気をつけなきゃですよね」  そう言うタクヤは救世主なのだが、タクヤはそう思っていない。黒猫のルナが神の使いというのは信じても、自分はルナについて来ただけのオマケだと言うのだ。 「庶民街って遠いんですか?」 「馬車で10分くらいか」 「馬車で10分。徒歩だとどれくらいなんだろう。歩いて行けるのかな?」 「タクヤ様。馬車で行かれてください」 「あ、もちろん明後日は馬車で行きます。でも、道を覚えたら1人で行けるかなと思って」  どうもタクヤは今後1人で庶民街へ行く気でいるらしい。 「タクヤ。今後も馬車で行ってくれ。私がいなくても馬車で行って構わない」 「え? そんなに危険な感じですか?」  タクヤは不思議そうな顔をする。タクヤのいたところでは犯罪はなかったのだろうか。 「それほど危険と言うわけではないが、たまに窃盗があったりする。だから貴族などは狙われやすい」 「え。俺、貴族じゃないですよ?」 「貴族ではないが、ここで誂えた服を着ているだろう。勘違いされる」 「あ! そうか」  そう。確かにタクヤは庶民だ。しかし、ここに来たときに来ていた服はこの世界では見かけない不思議な服だったし、なにより1枚では洗替えがない。だから何着か誂えたのだ。そんな服を着ていては庶民とは違うから、貴族に間違われて窃盗にあったりするかもしれない。だから1人では行って欲しくないし、行くのなら警備の者をつけて馬車で行って欲しい。それに救世主と言われるタクヤにもしものことがあってはいけない。でも、自分が救世主だと信じないタクヤにはよく言って聞かせなくてはいけないだろうな。そう思っていると、ニコラスが「なにを言っているんだ」と言う目で私を見る。確かに私もニコラスや警備の者に散々心配をかけて来たから、そんな目で見られても仕方がないが。 「でも、楽しみだな。ここに来てからずっと行ってみたかったんです。あ、でもレオニスさんはお仕事で行かれるんですもんね。それはきちんとわきまえてます」  そう言いながらも表情は”楽しみだ”という顔をしている。タクヤが来て1ヶ月ほど経つけれど、その間ずっと屋敷の敷地を出たことがないから、それは申し訳ないと思う。かと言って1人で行かせるわけにも行かなかったのだ。もちろん、その間も私の休みはあったのだけど、屋敷の外に出る気にはなれなかったのだ。それに関しては申し訳ないと思う。だから、明日は誘って正解なのだなと思った。

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