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偽りの手紙1

 レオニスさんの外出が増えたのは、リシアさんが来てからしばらくしてからだった。  王都での政務。  貴族院との折衝。  改革派としての立場ゆえ、呼び出される機会が増えたのだとレオニスさんが言っていた。 「しばらく屋敷を空けがちになる。タクヤとの時間を取れなくて申し訳ない」  ほんとに申し訳なさそうに眉を垂らしていうから、俺は慌てて首を振った。 「いいえ。仕方ないですよ。貴族の務めなんですから」  言葉はすんなりと出た。本心だったから。いや、少なくともそのときは。レオニスさんはやるべきことをしているだけだ。庶民のため、国のため。それに対して”寂しい”なんていう権利は俺にはない。そう、頭ではわかっている。永遠にこのときが続くわけではない。いずれ仕事も落ち着く。そうすれば、また顔をあわすことがある。それまでの我慢だ。いや、我慢だなんておこがましい。でも、それまで時間をやり過ごせばいい。それだけのことなんだ。逆に今までが特別だったのかもしれない。レオニスさんが書斎に閉じこもった数日間を除けば、毎日顔をあわせていた。心を通わせてからは余計に一緒にいた。だから、寂しく感じてしまうだけなんだ。  最初はほんの少しだった。朝食の席で向かいの椅子が空いていること。夜、廊下を歩いていてもあの足音が聞こえないこと。 「今日は遅くなる」  そう言われる回数が増えるたびに、俺は「そうですか」と笑って答えながら、胸の奥がぎゅっと締めつけられた。慣れなきゃダメだ。レオニスさんは貴族だ。かたや俺はここに滞在させて貰っているだけの客人。そうだ。同じ時間を過ごせていた今までがむしろ特別だったんだ。  屋敷の中の空気が少しずつ変わり始めたのもその頃だった。リシアさんが屋敷を頻繁に訪れるようになった。  玄関に馬車が止まる音に使用人たちが一斉に背筋を伸ばす。 「リシア様がお見えです」  その声が発せられるたびに、屋敷全体が彼女を中心にまわり始める。当然だ。彼女はレオニスさんの婚約者なんだから。  ドレスの裾を揺らし、優雅に微笑む姿は俺の目から見ても非の打ち所がない。使用人たちも、言葉遣いも、立ち居振る舞いもいつも以上に慎重になっている。  俺はというと、食事を済ませるとすぐに自室に籠もるようになった。それまでは庭を散歩したり、ニコラスさんの目を盗んで厨房に行ったりしていたが、今はそうすることはなくなった。それでもルナはたまに姿が見えなくなることがあるから、どこか散歩でもしているのかもしれない。屋敷の使用人の人たちは心配ないけど、リシアさんだけが気がかりだった。黒猫にいい感情をもってはいないようだったからなにかされなければいいけれど。  俺が籠もるようになった原因は空気がかわったことが理由だった。 「……あの方、そろそろ屋敷を離れた方がいいんじゃないかしら」 「婚約者様がいらっしゃるものね」  聞こえるか聞こえないかぎりぎりの小さな声。悪意があるわけじゃない。むしろ常識的な意見なのだと思う。それでも、その言葉は胸の奥に冷たいものを落とした。わかってる。異世界人とはいえ、いつまでもここにいるわけにはいかない。俺はここに居場所を持つべき人間ではない。夜になると余計に考えてしまう。レオニスさんは今頃、どこでなにをしているのだろう。誰と話し、誰の隣にいるんだろう。そんなことを考えてしまう。そんなことを考える権利もないのに。  寂しいな。認めた瞬間、胸が痛んだ。これは甘えだ。依存だ。貴族の務めを果たしているレオニスさんを引き止めたいなんて思うべきじゃない。それでも、屋敷の中で自分だけが少しずつ輪の外に押し出されていく感覚が静かに心を蝕んでいく。誰かになにかを言われたわけじゃない。追い出されたわけでもない。ただ、少しずつ。ほんとに少しずつ。ここは自分の居場所ではないという思いが強くなっていった。その考えが霧のように心に広がり始めていた。そして、それが孤独の始まりだと気づいたときには、もう引き返せないところまで来ていた。

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