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偽りの手紙3

 今日はレオニスさんは少し遅くなったけれど、屋敷で夕食を食べた。けれど、この後まだ仕事が残っていると言って先に席を立った。貴族院でやることだけでなく、最近は屋敷でも仕事をしていることが多い。それだけ忙しいということだよな。交わす言葉は少ないけど、それでも顔が見れるだけいいのかもしれない。最近は疲れた顔をしていることが多いので、アベルさんと話して今日は豚肉を使った和食を作った。こんなことで疲れが取れるとは思わないけど、それでも少しは違うかなと思って小松菜と豚こま肉の炒め物にした。そしてきんぴらごぼうと味噌汁。豆腐があればもう少しレパートリーが増えるけど、豆腐って誰に頼んだらいいのかわからない。大豆を使うから穀物屋のライナさんだろうか? でも、ライナさんには既に味噌を作って貰っているから、さらに豆腐を作って貰うのはしのびない。まぁ、そのうちアベルさんに相談してみよう。  夕食を食べ、同じく食べ終わって毛づくろいをしていたルナを抱いて部屋へと戻る。そして、自室のドアを開けた瞬間、違和感に気がついた。机の上になにかがあった。午後、勉強をしたあとは机の上は綺麗に片付けてから食事に行くから、机の上になにかがあるのはおかしい。なんだろうと机に向かうと、白い封筒が一通置かれていた。封蝋。それは見慣れた紋章だった。アーゼンハイツ伯爵家の紋だ。その封蝋があるということは、これはレオニスさんからの手紙ということになる。なんだろう。話しがあるなら直接言ってくれればいいのに。それとも、誰にも聞かれたくない話しなのだろうか。だとしたら重要な手紙になる。胸がざわつく。誰にも聞かれたくない話しなんて、あまりいい話しではないだろう。封を切る手てわずかに震えた。中から取り出した便箋に目を落とした瞬間、鼓動が一拍遅れる。筆跡は間違いなく、レオニスさんのものだと思う。以前、書斎で見ただけだから確証はないけれど、整っていて、少し硬い。それはレオニスさんの文字に酷似している。だからこそ、内容がすぐに理解できなかった。理解したくなかった。  『君に関わると、私の立場が危うい。  これ以上、屋敷に留まるのはお互いのためにならない。  速やかにここを出ていって欲しい』  1行1行が刃物みたいだった。目が文字をなぞる。意味が頭に入ってこない。  ……え?  喉がひくりと鳴った。もう一度読み返す。読み間違えているかもしれないから。それでも同じ言葉が並んでいる。  ――君に関わると、私の立場が危うい。  胸の奥がじわりと冷える。きっとなにかの間違いだ。そう思って、2度、3度と読み返す。でも、どこをどう読んでも優しい言葉はそこにはひとつもなかった。謝罪も、理由も、迷いもない。ただ、切り捨てるだけの文章。  嘘だ……。  思わず便箋を握りしめる。あの人が? 俺に?  市場からの帰り道に怪我を負ったとき、寝ずにずっと傍にいてくれた。眠るまで手を繋いでくれていた。「失うのが怖かった」と確かに言ってくれた。あれは全部同情だった? 貴族の責任感? 一時の気まぐれ? 胸の奥でなにかが音を立てて崩れていく。ルナの鈴がちりんと鳴った。乾いた音が部屋に響く。その音がやけに大きく聞こえた。まるで最後の支えが切れた合図みたいに。  そっか……。  レオニスさんの外出が増えた理由。  俺と顔を合わせない理由。  リシアさんが頻繁に訪れるようになった理由。  屋敷の空気が変わった理由。  すべてここに繋がっていたんだ。俺は邪魔だったんだ。レオニスさんの立場を危うくする存在。釣り合わない庶民。排除すべき異物。  唇を噛む。涙は出ていない。不思議と頭は冷えていた。出ていけ……か。言われなくても、いつかそんな日が来ると思っていた。それでも直接言葉にされると、こんなにも痛いなんて。椅子に腰をおろし、手紙を机に戻す。丁寧に置く余裕があることに自分で驚く。心のどこかで、まだ期待しているのだろうか。これはなにかの誤解じゃないか。ほんとはなにか事情があるんじゃないか。でも……。書かれているのは彼の言葉だ。レオニスさんの筆跡で、意思として。あの人の言葉に支えられていた日々がゆっくりと遠ざかっていく。俺はどうすればいいんだろう。いや、答えは書かれている。出ていけ、と。  満月の光が部屋に差し込んでいるのに、真っ暗に感じる。手元には冷たい文字と言葉。そして行き場のない沈黙だけだった。明日になったら出ていこう。そう思ったとき、涙がこぼれた。

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